2025.11.10

「第15回上海ビエンナーレ」開幕レポート。非人間との感覚的コミュニケーションを通じてひらく新しい芸術の可能性

中国・上海にある上海当代芸術博物館を舞台に開催される「第15回上海ビエンナーレ」が開幕した。今年の総合テーマは「Does the flower hear the bee?(花はミツバチを聞くのだろうか?)」。会期は2026年3月31日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、Allora & Calzadilla《Penumbura》(2020)
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 中国・上海にある上海当代芸術博物館を舞台に開催される上海ビエンナーレ。中国でもっとも長く続く国際展として知られる本芸術祭は今年で15回目を迎えた。チーフキュレーターはキティ・スコット、共同キュレーターはデイジー・デロジエとシュエ・タン。会期は2026年3月31日まで。

 今年の総合テーマは「Does the flower hear the bee?(花はミツバチを聞くのだろうか?)」。キティ・スコットはこのテーマを設定した背景について次のように語る。「ミツバチが集まると、互いにコミュニケーションを取り知識を共有することは、ずっと前から知っていた。(略)しかしじつは花もまた情報を集めており、ミツバチの羽ばたきによる振動を“聞き”取り、より甘い蜜を分泌することがわかってきた」。第15回上海ビエンナーレは、この事実を出発点に、作品・鑑賞者・環境の間に新たな感覚的コミュニケーションのあり方を築くことに挑戦する。またコミュニケーションは人間同士のものだけではなく、人間以外の様々な生命体間のものを対象としている。

 会場となるのは、例年と変わらず上海当代芸術博物館だ。1〜3階の各フロアで作品が展開されている。

 1階には、フィラデルフィア出身のジェニファー・アロラとキューバのハバナ出身のギレルモ・カルサディーラの2名(Allora & Calzadillaの名前で活動)による《Penumbura》が展示されている。天井から大量の黄色い花が吊り下げられている様子は圧巻だ。本作は花がメインのように見えて、じつはアトリウムに差し込む光の移ろいに着目したものだ。時間帯やそこにいる人々の動きなどによって変化し続ける光や影の様子は、つねに歴史を構成する「いま」という時間が進行し続けていることを思わせる。

展示風景より、Allora & Calzadilla《Penumbura》(2020)

 ほかにも、ニュージーランドのオークランドを活動拠点とするブレット・グラハムによる《Ka Wheeke》や、ロサンゼルスで活動するカルメン・アルゴテによる《Me At Market》といった大型作品を含む全15名のアーティストの作品が同じく1階で紹介されている。

展示風景より、ブレット・グラハム《Ka Wheeke》(2024)
展示風景より、カルメン・アルゴテ《Me At Market》(2020-25)

 巨大な展示会場の使い方にも注目したい本展だが、なかでも印象深い空間の使い方をしていたのは、陶芸家・安永正臣だ。その空間とは、1階から2階へ上がるための階段である。安永は三重県伊賀市を拠点に活動を行っており、今年は「GQ Creativity Awards」を受賞したことでも知られる。安永の作品は、釉薬を素材のメインとしており、窯に入れて焼成した後の変化が著しい特徴をもつ。自身でコントロールできない作品の変化を「人間の理解を超えた出来事」と考え、安永はその不確かさにこそ魅力を感じるという。本展では、大きな陶器を下から見上げるだけでなく、3階から見下ろすことも、間近でそのディテールを観察することもできるため、様々な角度や距離から作品に対峙し、受ける印象の違いをぜひ体感してほしい。

展示風景より、安永正臣の作品

 2階はもっとも紹介されるアーティストの数が多いフロアだ。展示スペースの中だけなく、廊下などの空間も活用しながら、合計40名のアーティストの作品が紹介されている。

 2階に上がってすぐの空間には、ソウルとベルリンを拠点に活躍する韓国出身のアーティストのヤン・ヘギュのインスタレーション《Accommodating the Epic Dispersion - On Non-Cathartic Volume of Dispersion》が現れる。今年開催された「瀬戸内国際芸術祭 2025」にも参加していたヤンは、カラフルなブラインドをつなげた大型作品のほかにも、自身によるブラジルの文化的景観に関する研究をもとに制作したコラージュ作品も出展している。

展示風景より、ヤン・ヘギュ《Accommodating the Epic Dispersion - On Non-Cathartic Volume of Dispersion》(2012)

 奥の展示空間に向かうまでの廊下でも、多様な作品が紹介されている。イスタンブールを拠点に活動するギョズデ・ミミコ・テュルッカンと、ニューヨーク出身のリサ・オッペンハイムの作品もそのひとつだ。彩度の高い作品が向かい合うかたちで並んでいる。

展示風景より、ギョズデ・ミミコ・テュルッカンの作品(右)とリサ・オッペンハイムの作品(左)

 廊下を抜けた先には、ベルギーのアントワープ出身で、現在メキシコを拠点に活動するフランシス・アリスの様々なサイズの映像作品が6点上映されている。本展では、コンゴ、メキシコ、デンマーク、台湾といった世界各国の子供たちのゲームに着想を得た作品群が紹介されている。会場の奥には平面作品も展示されているため見逃さないようにしてほしい。

展示風景より、フランシス・アリスの作品

 埼玉を活動拠点とするいけばな作家・大坪光泉は、会場に土や枝、捨てられた生花などを持ち込んだ。インドのヒンドゥー教に伝わるリンガに着想を得た本作は、過去ミュンヘンなどでも発表されている。本展のために制作された《Linga Shanghai》は、会場にほのかな花の香りをもたらしており、人々が作品に引き寄せられる様子は本展のテーマを想起させる。

展示風景より、大坪光泉《Linga Shanghai》(2025)

 リトアニア出身のリナ・ラペリーテによる《The Speech》は、7つの映像によるインスタレーション作品だ。本作はもともとパリの現代美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」で行われたライブパフォーマンスで、5歳から17歳までの子供たちが想像上の動物の言語を使ってそれぞれの想いを声に出しあうというもの。何かを相手に伝えたり納得させるための発声ではなく、相手の声を聞き、その場に共存するための発声に、観客はなにを感じるだろうか。

展示風景より、リナ・ラペリーテ《The Speech》

 声や音を「聴く」という行為をうながす作品のひとつとして、メキシコ出身のアーティストであるタニア・カンディアニによる《Prologue II. Resonant Blossoms》も紹介したい。竹でできた大きな帽子のようなものが天井から吊られており、観客はその下に潜ることができる(実際は高い位置に吊るされているため、大人でも問題なく作品の下に立つことができる)。スピーカーが内蔵されており、そこからはヤン・ジエ(Digimonkの名前でも活動)が録音し編集したサウンドスケープ(川が流れる音や木が風に揺れる音など)が流されている。本作を通じて、「耳を傾ける」という他者理解のための行為を、人間以外のものに対して実践することの意義を再考したい。

展示風景より、タニア・カンディアニ《Prologue II. Resonant Blossoms》(2025)

 嗅覚に着目した作品を発表したのは、中国の広東省と景徳鎮で活動するタン・ジンだ。タンは韓国の香りの研究者と共同で、古代の媚薬のつくり方を参考に新しい香りをつくり出した。媚薬は、誘惑や脅威を感じさせる存在として非難されてきた歴史もあるが、浸透し伝染するという香りならではの特徴によって、あらゆる境界を越境してきた存在だとも考えられる。新たな感覚的コミュニケーションの再考を試みる本展において、「香り」「嗅覚」といったものへの眼差しは欠かせないだろう。

展示風景より、タン・ジン《Second Skin》(2025)。カラフルな光沢紙、パール紙には香油がつけられている

 2階の奥のカーテンで仕切られた空間に展示されているシャオ・チュンの作品も見逃さないでほしい。中国の黄州出身のシャオは、オンライン上で見つけた素材を用いて、彫刻、映像、環境音を組み合わせたインスタレーション作品《Twinland》を展開している。ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)などの動画の流行といったオンライン上での文化に支えられた消費構造について言及しながら、魅力的でありながらも、その操作的な側面について着目した作品となっている。

展示風景より、シャオ・チュン《Twinland》(2025)

 3階へ移動すると、ひときわ明るく広い展示スペースが現れる。ここでは、東京を拠点に活動するAKI INOMATAの作品が並んでいる。《How to Carve a Sculpture》と題された本作は、日本国内の5つの動物園にいるビーバーの飼育場に木材を設置し、ビーバーが木材に残す痕跡を記録するところから始まった。その後、かじられた木材を回収し、彫刻家との協働やCNC切削機を用いて、もとの木材の3倍の大きさの拡大レプリカを制作している。

 本作が提起する問いは、「誰が真の作者なのか」というものであるが、この問いを成立させるAKI INOMATAの姿勢こそが、非人間であるビーバーへの対等な目線そのものを表していると言えるだろう。

 同じ展示室の壁には、先日森美術館のMAMプロジェクト033で紹介されたクリスティーン・サン・キムの作品《Heavy Relevance》が描かれている。会場奥には、ペルー出身で現在ユトレヒトで活動しているクリスティーナ・フローレス・ペスコランによる大型の作品《Abrazar el sol (Embrace the Sun)》も紹介されている。広い空間のなかで、ダイナミックな作品同士が呼応しあうような会場構成となっている。

展示風景より、中央:AKI INOMATA《How to Carve a Sculpture》(2018-)、右壁面:クリスティーン・サン・キム《Heavy Relevance》(2024)
展示風景より、クリスティーナ・フローレス・ペスコラン《Abrazar el sol (Embrace the Sun)》(2023-24)

 なお、本展は3フロアで展開されているが、各階の移動はエスカレーターや階段を使うことをお勧めしたい。各作品を様々な角度とスケールで鑑賞することができるだけでなく、作品同士の連関や、鑑賞者の動きを含めた会場内で発生しているコミュニケーションの様子を見ることができるからだ。

会場風景より、3階から見下ろした1階の様子

 また上海ビエンナーレは、美術館以外のスペースを会場とする都市プロジェクトの開催も続けている。このプログラムは、ビエンナーレをホワイトキューブの外に拡張することで、都市の住民とやその文化との相互への関わりあいを生み出す取り組みだ。

 今回もこの都市プロジェクトが展開されており、主な会場のひとつとして、建築家・安藤忠雄が設計した嘉源海美術館(Jia Yuan Hai Art Museum)が選ばれている。ここでは、マキシム・カヴァジャニやシアスター・ゲイツ、リクリット・ティラヴァーニャ、チェン・ルオファン、チョウ・タオ、リウ・シュアイの作品が紹介されている。リウはVILLA TBHでも個展を展開しているため、あわせて訪れてほしい。

展示風景より、シアスター・ゲイツ《Composite Meditation》(2025)(一部)
展示風景より、リウ・シュアイ《Your Blood, My Blood》(2025)(一部)

 不確実性に満ちた世界を生きるために、新しい感覚的コミュニケーションの在り方を模索する芸術祭。非人間とのコミュニケーションを多角的に取り入れ、様々な視点や表現を通して提起される問いに対し、改めて現代を生きる人間としての当事者意識を持って向き合う機会となるだろう。