2025.7.23

「DESIGN MUSEUM JAPAN」がツアーを開催。第1弾は「深澤直人とめぐる山梨デザインの旅」

日本各地に存在する優れた「デザインの宝」を発掘し、クリエイターの視点でひも解くことでその魅力を可視化する「DESIGN MUSEUM JAPAN」。その初のツアー企画が開催された。記念すべき第1弾となった「深澤直人とめぐる山梨デザインの旅」の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

甲州雨畑硯の工房見学
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 日本各地に存在する優れた「デザインの宝物」を発掘し、クリエイターの視点でひも解くことでその魅力を可視化する「DESIGN MUSEUM JAPAN」。その初のツアー企画が開催された。

 同プロジェクトは、日本に「国立デザインミュージアム」をつくることを目指す一般社団法人Design-DESIGN MUSEUMによるもの。いままでNHKによる特集番組の放送や、国立新美術館では3度にわたってその成果が展覧会としてお披露目されてきた。今年の3月には、全国のミュージアムや研究施設と連携し、地域ごとのデザインアーカイヴをウェブサイトで一元的に集約・公開することを目指す「JAPAN Design Resource Database(DESIGN デザイン design)」もローンチされている。

 特番や展覧会では、デザイナーやアーティストなど様々なクリエイターらが自身の目線で選んだ、その土地の「デザインの宝物」が紹介されてきた。今回初めて実施されたツアー企画は、その道程を参加者とともに辿るものとなっている。記念すべき第1回を務めたのは、プロダクトデザイナー・深澤直人による「深澤直人とめぐる山梨デザインの旅」だ。その様子をレポートしたい。

 およそ8割が森林地帯で形成された山梨県は、富士山、八ヶ岳、南アルプスなど雄大な自然に恵まれた盆地地帯だ。その豊かな水源と清らかな水質からも、織物や和紙、そしてフルーツの有数な産業・生産地としても知られている。

 また、16世紀には甲斐国と呼ばれ、武田信玄はこの独自の地形を生かした堅牢な守りによって国を統治していた。同地ではこのような環境からも水害に見舞われることが少なくなかったが、信玄による治水対策として知られている「信玄堤」は、現代においても天皇陛下が国連のスピーチの際に「人と自然が調和した技術」として各国に紹介されるほどだ。江戸時代になると、徳川家康によって、五街道のひとつ「甲州街道」が整備され、富士川を水運路として開通。これは様々な産業が花開くきっかけともなったのだという。

 このような風土と文化を持つ山梨で、いったいどのような「デザインの宝物」と出会うことができるのだろうか。

木喰上人の故郷に建てられた「木喰の里微笑館」

木喰の里微笑館 外観

 木喰上人(もくじきしょうにん)とは、1718年に山梨県身延町の丸畑という地域に生まれた仏師で、全国各地を巡り60代から90代に亡くなるまでのおよそ30年間で1000体以上の仏像を制作した人物だ。木喰上人を有名にしたのは、民藝運動の父とも言われる柳宗悦であり、柳はその微笑をたたえた仏(微笑仏)に魅了され、「幕末最大の彫刻家として」評価。研究に没頭し、柳によって数多くの写真集が残されている。

 上記についてはもちろんのこと、深澤はその柳の研究を支援し、成果を広めた同地の政治家・小宮山清三によるコネクションの在り方にも注目している。

木喰の里微笑館 展示室
木喰の里微笑館 展示室。柳が手がけた写真集『木喰上人作木彫佛』(1925)は、装丁に山梨名産の織物「甲斐絹(かいき)」が用いられている

 そんな木喰上人による微笑仏の数々や和歌、資料などを紹介しているのが、「木喰の里微笑館」だ。山の上に位置しており、道も細く蛇行しているため、普通車での来館をおすすめしたい。

木喰の里微笑館
住所:山梨県南巨摩郡身延町北川2855
電話番号:0556-36-0753

漆黒の艶が書家たちを魅了する「甲斐雨端硯」

甲斐雨端硯

 1690年に創業した「甲斐雨端硯」は、書道で用いる硯の技と匠をこの鰍沢(かじかざわ)で伝える名家であり、現在硯匠を務める雨宮弥太郎は13代目となる。この土地でのみ採ることができる「雨畑真石」という黒い粘板岩を素材に、書家たちも思わず唸るような漆黒かつ美しい造形の硯を今日まで制作し続けている。

甲斐雨端硯
甲斐雨端硯本舗 13代目硯匠の雨宮弥太郎

 雨宮は、硯で墨を擦ることは自らの内面と向きあう時間でもあり、そういった理由からも硯を「精神の器」であると表現する。素材の特徴を理解し、適した道具で掘り出されていくのは、究極に削ぎ落とされたシンプルかつ深みのある造形だ。プロダクトデザイナーである深澤は、その美しさに唸る。

甲斐雨端硯本舗
住所:山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢5411
電話番号:0556-27-0107

伝統的な和紙の魅力を現代にも伝える「大直」

深澤直人と大直が共同開発したブランドシリーズ「SIWA | 紙和」

 甲府盆地の最南端に位置する市川大門にある和紙メーカー「大直」は1974年の創業。日本一の障子紙の生産地として栄えてきたものの、近年の生活スタイルの変化によりその需要は衰退の一途をたどっていたと社長の一瀬美教は語る。

 そこで、新たな生活スタイルや日常的な場面で使用してもらえるアイテムを30年前ほどから始めたという。とくに2007年に深澤と共同開発を行ったブランドシリーズ「SIWA | 紙和」は、和紙ならではの柔らかな風合いを生かしながらも、耐久性のあるシンプルかつ上品なプロダクトとも言えるだろう。

大直による製品
茶室「直庵」

 また、本社には和紙でできた茶室「直庵」も設置され、お茶を嗜む人々とのコミュニティスペースとしても活用されている。

大直
住所:山梨県西八代郡市川三郷町高田184-3
電話番号:055-272-0321

久遠寺から覚林坊、JA南アルプス市西野共選所に至るまで

 ほかにもツアーでは、行学院 覚林坊の宿坊や身延山久遠寺、JA南アルプス市西野共選所などを訪れ、県外に住む人々ではなかなか知ることができない山梨ならではの風土や文化、産業の在り方、そしてそこに住む人々の営みを知り、その一端を体験することができた。

行学院 覚林坊の庭園
身延山久遠寺
JA南アルプス市西野共選所で出荷される桃

 今回のツアーは、深澤が選んだ「山梨のデザインの宝物」を巡る旅となった。そこでたびたび気になったのは、訪問した現場の方々が口にする「自分はデザインについて明るくないのですが」「デザインなんて大それたものではないのですが」といった言葉だ。「デザイン」とはいつからそのように高尚なものになってしまったのだろうか。このデザインという言葉の持つ不思議な専門性と、一部の人間しか携わることができないという固定概念こそが、この「DESIGN MUSEUM JAPAN」や昨今のデザイン業界が課題とするポイントなのだろう。全国各地のものづくりの現場を目の当たりにすることで、いま改めて拡張し続けるデザインの意味を探る機会となった。