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2025.8.1

「大竹伸朗展 網膜」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)開幕。半世紀の活動を「網膜」で振り返る

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)で、現代美術家・大竹伸朗による巡回なしの大規模個展「大竹伸朗展 網膜」が幕を開けた。会期は11月24日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、中央は大竹伸朗《網膜屋/ 記憶濾過小屋》(2014)
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 2013年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)で開催された「大竹伸朗展 ニューニュー」。これの続編とも呼べる大規模個展「大竹伸朗展 網膜」が幕を開けた。会期は11月24日まで。担当学芸員は中田耕市(同館副館長兼チーフ・キュレーター)。

 大竹は1955年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業。1970年代後半より作品発表を始め、絵画を中心に音や写真、映像を取り込んだ立体作品などの多彩な表現を展開。異分野のアーティストとのコラボレーションでも知られ、現代美術のみならず、デザイン、文学、音楽など、あらゆるジャンルで活躍を続けている。

 88年には愛媛県宇和島へ移住。現在も同地を拠点に活動している。代表作に2009年、香川県直島にオープンした公共浴場の《直島銭湯「I♥湯」》、様々な印刷物で飾られた小屋とトレーラーからなる《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(2012)、休校中の女木小学校の中庭に設置された《女根/めこん》など。また、写真やチラシ、雑誌の一部などをコラージュした「スクラップブック」を数多く手がけている。近年では東京国立近代美術館を皮切りに愛媛、富山へと巡回した大規模な個展まで、国内外での幾多の展覧会を開催してきた。

大竹伸朗

 本展は、大竹の圧倒的な熱量が生み出す膨大かつ多様な作品の数々から、とくに「網膜」シリーズにフォーカスするものだ。

「網膜」とは何か?

 そもそも「網膜」シリーズとは何か? その始まりは1988年に遡る。大竹は露光テストに使用された後に廃棄されたポラロイド・フィルムを入手。ポラロイド・フィルムに残された光の痕跡を大きく引き伸ばし、その表面に透明の絵具としてウレタン樹脂を何層も塗布するという絵画作品のシリーズに、「網膜」の名をつけた。様々な展開を伴いながら30年にわたって制作が続けられてきた同シリーズ。本展では新作と未発表作品を含む、その全貌が概観できる。

 展示の冒頭を飾る1階エントランス。ここでは「網膜」シリーズのなかでも最初期のものであり、高さ約3メートルの大作《網膜火傷》(1990)が鑑賞者を迎える。

展示室より、大竹伸朗《網膜火傷》(1990)

 メインの展示室となる3階では、新旧の「網膜」シリーズが並ぶ圧巻の光景が広がる。

 その前半には、アトリエに30年以上保管されていたフィルムを用いて、この美術館の地下で制作された新作シリーズ12点が勢揃いする。

展示風景より、手前は《網膜/ギザ》(1989-2025)
展示風景より、手前は《網膜/グリッチ・サーフ》(1989-2024)、《網膜/幕間》(1989-2024)、《網膜/十五重塔》(1989-2024)

 後半には、91年に制作された未発表の大型作品《網膜/雹光 Ⅱ》や、スイッチや配電盤、スピーカー、照明などを組み込んだレリーフ状の最新作《網膜/六郷》(2025)、そして「網膜」シリーズから派生し、多様なメディアや形式へと展開した多様な作品が並ぶ。

 なかでも新基軸となる《網膜/六郷》は重要な作品だ。その題名は、大竹が幼少期を過ごした東京都大田区の地名に由来する。大竹は本作を前に、「幼い頃の記憶が未だに大きく影響している。つくっていくうちに、これは自分の当時の記憶を再現しているのだと気付いた」と話す。あえてスポットライトを当てない空間にポツリと展示された本作。作品が発する音や光と対峙し、大竹の過去へと思いを馳せたい。

展示風景より、《網膜/六郷》(2025)
展示風景より、左は《網膜/流星》(1990-91)
展示風景より、中央は《網膜上の青》(1990)
展示風景より、左から《網膜/雹光 Ⅰ》(1991)、《網膜/ゴースト》(1991)、《網膜/雹光 Ⅱ》(1991)

大作がフルバージョンで展示

 この3階展示室Cでは、その中央にそびえ立つ《網膜屋/ 記憶濾過小屋》(2014)に否応なしに惹きつけられるだろう。

展示風景より、大竹伸朗《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014)

 本作は、90年代初頭に制作された未発表の大型〈網膜〉をはじめとした作品群が核となったインスタレーション《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014)が聳え立つ。同作は、「亡くなった人々の写真などから網膜と記憶を再現して伝える」という架空の商売をコンセプトにしたもの。

 本作が展示されるのは「ヨコハマトリエンナーレ 2014」以来であり、かつ本展では当初構想していたフルバージョンの姿となった。めったに展示機会のない大作に、あらためて目を凝らしたい。

展示風景より、大竹伸朗《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014)
展示風景より、大竹伸朗《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014)
展示風景より、大竹伸朗《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014)

貴重な写真や資料も

 最後の展示室Aでは、「網膜」シリーズの成り立ちがわかるような関連作品・資料が膨大な数となって紹介される。

展示風景より

 「網膜」シリーズと接続する「眼」「フィルム」「写真」といった言葉を糸口に、大竹の幼少期や学生時代の記憶、幅広い制作活動の軌跡をたどること。それは、大竹の網膜に焼き付いてきた記憶の断片を、私たち鑑賞者が追体験するようなものなのかもしれない。

 学生時代から現在に至るまで、大竹の50年間の活動が凝縮された本展。とくに「網膜」をテーマに、この規模の展覧会が開かれることは二度とないかもしれない。大竹自身も「挑戦的な展覧会」と語る本展を、その脳裏に刻んでほしい。

展示風景より、手前左から《夏、宇和島 2》(1989)、《夏、宇和島 1》(1988)
展示風景より、「網膜/茶波紋」(1990)
展示風景より、「網膜/スケープ」(1990)
展示風景より、「網膜/ライトアンドシャドウ」(1990)
展示風景より、参考資料(網膜シリーズ)