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2025.4.18

「猪熊弦一郎博覧会」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)会場レポート

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)で、企画展「猪熊弦一郎博覧会」が7月6日まで開催されている。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「1章 生活造型:建築」展示風景より
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 香川・丸亀の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)で、企画展「猪熊弦一郎博覧会」が7月6日まで開催されている。担当キュレーターは古野華奈子、松村円(ともに同館学芸員)。建築史監修は五十嵐太郎(東北大学院教授)。

 画家として知られる猪熊弦一郎(1902~93)は、著名なアーティストや建築家、デザイナーなどの重要人物と関わりを持ち、自身の絵画世界に止まらない様々な仕事を手がけた。本展は、そういった猪熊の絵画以外の活動を取り上げながら、その足跡をたどるものとなっている。

 会場構成は「プロローグ 新制作派協会設立」「1章 生活造型:建築」「2章 生活造型:デザイン、パブリックアート」「3章 ニューヨークへ」「4章 『アート県かがわ』の礎」「5章 MIMOCA」「エピローグ MoMA」。まず「プロローグ」として語られるのは、猪熊による「新制作派協会」についてだ。1935年の帝展改組など、国による美術界への統制に反発した猪熊は、翌年同志の小磯良平や中西利雄らとともに、自由かつ純粋な芸術の在り方を求めた「新制作派協会」を設立。以降、生涯を通じてこの活動に参加した。

「プロローグ 新制作派協会設立」展示風景より
「1章 生活造型:建築」展示風景より

 その後戦争が激化すると、猪熊をはじめとする新制作派協会のメンバーは神奈川県津久井郡に疎開することとなる。もともと、「生活のなかに美しいものがあること」(生活造型)を重視していた猪熊は、疎開先の村で建築家・山口文象らとともに「芸術家村」を構想。その後、高松で美術館設立の話が持ち上がった際には山口を推薦し、1949年に「高松美術館」が誕生した。

「1章 生活造型:建築」展示風景より

 また、その同年には、新制作派協会内に建築部が新設された。「建築は大きなひとつの空間を占める芸術である」と関心を寄せた猪熊は、様々な建築家たちと協働。展示室の大部分では、この建築部のメンバーであった前川國男、丹下健三、谷口吉郎、吉村順三、池辺陽、岡田哲郎といった気鋭の建築家らや、のちに会員となった剣持勇などと、画家としての猪熊の協働の様子が、写真やスケッチ、書籍などといった膨大な資料から紐解かれている。

「1章 生活造型:建築」展示風景より
「1章 生活造型:建築」展示風景より
「1章 生活造型:建築」展示風景より
「1章 生活造型:建築」展示風景より

 また、のちに猪熊の「心友」にもなるイサム・ノグチとの出会いや、ノグチが香川・牟礼町にアトリエを構えることとなったきっかけについても紹介されている。

「1章 生活造型:建築」展示風景より

 2章では、生活造型の理念がデザインやパブリックアートとして展開された事例を紹介。「絵画は独占するものではなくより多くの人々を喜ばせ、みちびくもの、多くの人々のためになるべきもの」という猪熊ならではの考えがあったからこそ、ポスターや雑誌の表紙・装丁から、巨大壁画に至るまで幅広い仕事を手がけるに至ったことがうかがえる。

「2章 生活造型:デザイン、パブリックアート」展示風景より、三越包装紙「華ひらく」。画家としてたんにグラフィックの制作を行っただけではなく、ありとあらゆるものを包んでも美しく見える包装紙の在り方を猪熊は追求したという
「2章 生活造型:デザイン、パブリックアート」展示風景より、「JR上野駅中央改札壁画」
「2章 生活造型:デザイン、パブリックアート」展示風景より、「JR上野駅中央改札壁画」資料

 3章では、1955年に拠点をニューヨークに移し、その後20年にもわたる滞在期間中に猪熊が果たしてきた日米文化交流の役割について紹介している。海外渡航が珍しかったこの時代に、政治家や起業家、一般人に至るまで多くの人々が猪熊夫妻を訪ねたという。ここでは、「民間大使」とも呼ばれるほど交流の中心を担っていた彼らの活動がわかる資料を展示。ほかにも「日本空港ニューヨーク支店」の内装を手掛けた吉村順三との現地での協働や、その後猪熊から吉村に依頼をした猪熊邸などについても、資料や再現模型とともに展示されている。

「3章 ニューヨークへ」展示風景より
「3章 ニューヨークへ」展示風景より

 4章では、猪熊の故郷であり、様々なアーティストや建築家との協働の跡が残る香川県の文化的遺産を紹介している。とくに、いまなお現存する「香川県庁舎」(設計:丹下健三)は、猪熊の中学の後輩であり、のちに「デザイン知事」とも呼ばれた金子正則知事と丹下を、猪熊がつなぎあわせたことによって誕生している。

 このように、猪熊自身の協働のみならず、協働してきたつくり手たちを自身の故郷と結びつたことによって、数多くの有名な建築が同地に誕生することとなった。

「4章 『アート県かがわ』の礎」展示風景より
「4章 『アート県かがわ』の礎」展示風景より
「4章 『アート県かがわ』の礎」展示風景より

 そして、続く5章で取り上げるのは、同展を開催しているこの「MIMOCA」だ。猪熊の生前にその理念のもと建てられたこの現代美術館は一体どのようなものなのか。そして、この建築設計を担当し、昨年末に逝去した谷口吉生(1937〜2024)とどのようなやりとりがあったのかについても紹介している。さらにエピローグでは、谷口によるMIMOCA建築が評価され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の大規模リニューアルを手がけることとなった件についても触れられている。

「5章 MIMOCA」「エピローグ MoMA」展示風景より
「5章 MIMOCA」展示風景より。丸亀市より猪熊の記念美術館の設立の申し出があったところ、猪熊は自分を記念するのみならず、「現代美術の積極的な紹介」「アクセスの利便性」「美しい建築空間」「子供の教育に力を入れる」「日頃の疲れを取り、癒しとなるような空間」とすることを希望したという

 このように本展は、猪熊を取り巻く様々なつくり手たちとの協働を、数多くの資料とともに一望できるものとなっている。そこから垣間見えるのは猪熊がつねに追求し続けた「生活のなかの美」の理念であり、「美しいものをつくりたい」という根源的な欲求が周縁のつくり手たちの本質をも刺激し、様々な領域とのコラボレーションが実現するに至ったのではないだろうか。そして、つねにその中心であり続けた猪熊弦一郎・文子夫妻の人間性までもが見えてくるのも、この展覧会のおもしろいポイントと言えるだろう。

 余談だが、会場にはMIMOCA建築をはじめとする谷口吉生建築をより楽しむための「見どころMAP」が用意されている。かわいらしいイラストと非常にわかりやすい解説が掲載されているため、こちらを手に美術館内を回ってみることもおすすめしたい。

見どころMAP