2025.4.22

「浮世絵現代」(東京国立博物館)開幕レポート

様々なアーティストとアダチ版画研究所の彫師・摺師たちと協働して制作した「現代」の「浮世絵」を展覧する「浮世絵現代」が、東京国立博物館 表慶館で始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、草間彌生の版画作品と版木
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「浮世」という言葉には「当世風の」という意味があり、浮世絵版画はその時代と社会を色鮮やかに映し出すメディアだった。またその高度な木版画の技術は途切れることなく、現代の職人たちに受け継がれている。

 東京国立博物館 表慶館で始まった「浮世絵現代」は、伝統木版画の表現に魅了された様々なジャンルのアーティスト、デザイナー、クリエーターたちが現代の絵師となり、アダチ版画研究所の彫師・摺師たちと協働して制作した「現代」の「浮世絵」を紹介するものだ。

 参加作家は総勢約80名。展示は「漫画往還」「北斎讃歌」「模索と実験」「現代の絵師たち」「継承と発展」で構成されている。

漫画往還

 冒頭の「漫画往還」では、石ノ森章太郎、水木しげる、楳図かずお、安野モヨコ、安彦良和ら著名マンガ家たちの作品が並ぶ。

 例えば楳図かずおの《ぐわし大首絵 雲母摺之圖》(2009)は、ギャグマンガ『まことちゃん』の主人公・沢田まことが、羽織袴で「グワシ」のポーズを決める大首絵。絵具に雲母の粉を混ぜて摺り、画面に光沢を出した雲母摺だ。

展示風景より、右が楳図かずお《ぐわし大首絵 雲母摺之圖》(2009)

 安野モヨコ《『さくらん』きよ葉》(2016)は、喜多川歌麿の美人大首絵のような形式で描かれたもの。

 水木しげるは、広重の代表作である東海道五拾三次を下敷きに55図からなる「妖怪道」シリーズを制作。本歌取りされた景色のなかに妖怪たちが踊る。

展示風景より、安野モヨコ《「パルファム」ピオニー》、《『さくらん』きよ葉》(ともに2016)
展示風景より、水木しげる「妖怪道五十三次」の京都と日本橋(ともに2003)

北斎讃歌&模索と実験

「北斎讃歌」は、葛飾北斎のデザイン感覚に触発されたデザイナーたちの作品が並ぶ。なかでも戦後日本のグラフィックデザイン界を牽引した粟津潔の「北斎模様・潔彩色図譜」シリーズは、北斎模様のモチーフはそのまま、構成と配置とで随所に木版の特性を見せたものとして注目だ。

展示風景より、粟津潔「北斎模様・潔彩色図譜」(1987)

 続く「模索と実験」は、1970年代から2000年代にかけて伝統木版画の彫師や摺師と新たな浮世絵に挑んだ絵師たちの作品を紹介。「木版&現代」プロジェクト(1979年と1981年に東京にあったリッカー美術館で展覧会を開催)に参加した田中一光、和田誠、黒川紀章らの作品が並ぶ。

 中銀カプセルタワー国立新美術館の設計で知られる建築家・黒川紀章は、スケッチと図面や名刺、写真などを組み合わせたユニークな作品群を生み出した。

黒川紀章の作品群
展示風景より、黒川紀章《回廊》(1981)

現代の絵師たち

 本展でもっとも大きなスペースが割かれているのが、第4章「現代の絵師たち」だ。ここでは、2010年代以降、主に「現代の浮世絵・国際創造プロジェクト」に招聘された世界中のアーティストたちの「現代の浮世絵」を紹介。この企画はアダチ伝統木版画技術保存財団の事業の一環として、彫師・摺師がアーティストとともに新作の木版画を制作することで、今に生きる技術を次代へ継承していくものだ。

展示風景より

 ここに並ぶのは、ロッカクアヤコ田名網敬一、N・S・ハルシャ、加藤泉山口晃草間彌生李禹煥横尾忠則アントニー・ゴームリーイケムラレイコ塩田千春名和晃平など、国内外の著名作家たち。

 加藤泉は、2020年制作の2点でパステル画のタッチを木版で表現することを試みた。また23年の作品では、ヴィンテージプラモデルのパッケージの鳥のモチーフをコラージュしたドローイングが原画となっている。

展示風景より、加藤泉《無題1》《無題2》(ともに2020)

 森美術館で個展を開催したこともあるN・S・ハルシャは、神の使いである猿を描いた三枚続の作品を制作。同じ版木だが、色調を変えることで時間の移ろいが見事に表現されている。これは新版画に見られる手法の応用だ。

展示風景より、N・S・ハルシャ《恥ずかしがりの猿 黄昏・鶏鳴・日出》(2017)

 アントニー・ゴームリーの新作版画《RAPT》(2025)にも注目したい。ゴームリーは100枚の和紙一枚ずつに薄墨を刷毛で施し、にじませながら広げることで光あふれる開口部をつくり出した。そな開口部に、摺師が人物と地面の部分の版を摺っており、それぞれがユニークな作品となっている。和紙ごとに異なる墨のにじみ方に応じて見当をずらしながら摺る、という新たな手法が実践された作例。

展示風景より、アントニー・ゴームリー《RAPT》(2025)

 北斎や広重の風景画の中に見られる鮮やかなグラデーションの表現に注目した李禹煥は、伝統的な木版画の技術で、自らの代表的なシリーズ「Dialogue」を制作。摺師は一つの版を20度近く摺り重ねており、それによって絵画に匹敵する色の階調が表現されている。

展示風景より、李禹煥《Dialogue 1》《Dialogue 2》《Dialogue 3》(すべて2022)

 草間彌生の部屋は本展のハイライトだろう。草間は2014年に富士山の描画に初挑戦し、若い職人たちと木版画を制作した。このときつくられた「七色の富士」シリーズは、提出された試摺りのいずれをも草間が気に入ったことから七展開となったもの。本展ではその制作風景とともに、実際の版木を見ることができる貴重な機会だ。

展示風景より、草間彌生の部屋
展示風景より、草間彌生「七色の富士」シリーズ(2014)
「七色の富士」シリーズの版木
「七色の富士」シリーズの製作過程

 なお会場中心部では、木版画の製作過程を示す道具類も展示。多様な現代作家の作品とともに、彫師や摺師といった技術継承の重要さを示すものとなっている。東博で同時期開催の特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」とセットで鑑賞するのがおすすめだ。

展示風景より
展示風景より