2025.4.17

大阪に100を超えるパブリック・アートを。本格実施第1弾で川俣正の《千鳥橋ライトポスト》が登場。

大阪市此花区の100年の歴史を受け継ぎ、未来へとつなぐために始まった正蓮寺川公園アートプロジェクト「konohana permanentale 100+」。100を超えるパブリック・アートを正蓮寺公園に設置するプロジェクトの本格実施第1弾として、川俣正の作品が発表された。

文・撮影=中島良平

大阪市此花区の千鳥橋に設置された川俣正《千鳥橋ライトポスト》(2025)
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「常設の芸術祭」の皮切りとなる川俣作品

 大阪市西部に位置する此花区。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンやEXPO 2025 大阪・関西万博の会場が位置する夢洲の所在地でもある同区が、2025年に区制100周年を迎えた。その歴史を継承し、未来へと発展させようというメッセージを共有すべくパブリック・アートプロジェクトがスタートした。タイトルは、「konohana permanentale 100+(コノハナ・ペルマネンターレ・ヒャクプラス)」。

 数年に一度の芸術祭ではなく、「永きにわたって持続していく芸術祭」「常設の芸術祭」をコンセプトに、最終的には甲子園球場の約5倍の広さとなることを目指し、現在も開発が進められている正蓮寺川公園に100を超えるアート作品が設置されることになる。その本格実施第1弾が、川俣正の作品《千鳥橋ライトポスト》だ。正蓮寺川公園を横切る千鳥橋に沿って、道の両側に6本ずつ、街灯を使用した彫刻作品が設置され、3月30日にお披露目の式典が行われた。

2025年3月30日に正蓮寺川公園で行われたテープカットの模様

  「何もないところから彫刻作品をつくろうという発想が、自分には基本的にありません」と、川俣がコンセプトを説明する。

 「街灯は街を歩いていればいくらでもありますよね。普通はみんなまっすぐ立っている。しかし、目的はライトがその周りを照らすことだから、まっすぐでなければいけない理由はないはずです。街灯の柱がちょっと斜めになっていたり、歪んで並んでいたり、1ヶ所にぼーっと集まっていたりすると奇妙な感じになりますよね。あまり見かけないような光景というか、既成概念から少し外れた景色を生み出そうと思ってこの作品を手がけました」。

川俣正
川俣正《千鳥橋ライトポスト》(2025)
つくられた年代も違い、印象の異なる街灯があべこべな方向を向いて設置された

 通常、街中にある街灯は数年おきに交換される。川俣はこのプロジェクトで、古くなり、使用されなくなった街灯を集め、修理し、白く塗り直して角度を調整しながら作品として蘇らせた。割り箸を用いて模型をつくり、ポストの角度や高さの組み合わせについて吟味を重ね、磨きや塗装、設営などの作業は此花区の職人たちに任せた。

 「僕は図面が引けませんから、ひたすら模型をつくって考え、あとはその模型から図面を起こしてもらったら、それを此花区の地元の業者さんのところにもっていきました。たくさん町工場があって大勢の職人さんたちがこの町にはいるので、色々と知恵も出していただきましたし、最初のメチャクチャな模型から変えていくプロセスは楽しかったです。安全面を考えると緻密な構造計算が必要ですし、予算もありますから無茶苦茶なことはできない。先に大きなプランを提案して、それを現実化していくプロセスはなかなか面白いものなんです。通常だと2年はかかるものですが、今回は去年の夏頃に話が来て、お披露目が3月末ですから、本当にスピーディーだったと驚いています」。

芸術が身近にあることの重要さ

 「konohana permanentale 100+」スタートにあたり、外部の有識者からの意見が必要であり、また、設置後の作品管理や保全の観点からも専門家の存在は欠かせない。そこでディレクター会議が設置され、メンバーに加わったひとりが兵庫県の芦屋市立美術博物館の大槻晃実学芸員だ。「人間が人間として豊かに暮らし生きていくために、文化や芸術が身近にあることはとても大切です。市民の生活に深く関わっている此花区役所という行政機関が地域の未来を文化や芸術を通して考え、このプロジェクトを進めていくと決めたことは重要な意味をもつと感じました」と、プロジェクトへの参加を依頼されたときの感想を話す。

芦屋市立美術博物館企画課の大槻晃実学芸員

 「今日は阪神なんば線の千鳥橋駅からここに来たのですが、ホームからすぐに川俣さんの作品が見えて、もともとここにあったのではないかと思えるぐらい自然に存在する様子がすごく素敵だと思いました。都市のなかには、建物にしても標識やガードレールなどにしても、基本的に垂直か水平のものがほとんどです。そういうなかで街灯が斜めに迫り出していて、何本もが別々の方向を向いている様子にはすごく目が惹かれます」。

千鳥橋駅のホームから見た《千鳥橋ライトポスト》

 大槻が話すように、駅のホームからすぐ目に入ってくる《千鳥橋ライトポスト》は、日々駅を利用する人の意識にそのイメージが刷り込まれ、人々が土地のイメージを共有するシンボルともなる。パブリック・アートが地域に根付くひとつのあり方だと言えるだろう。

 「地元の人であれば作品を見て家に帰ってきた感覚になるでしょうし、遠くから来た人にとっては、街の思い出の象徴にもなるはずです。川俣さんの作品はさらに、人間だけではなくて鳥の止まり木にもなりそうですし、鳥たちが喜ぶ景色が生まれたら素晴らしいと思います」。

地域の独創性高まるきっかけに

 「konohana permanentale 100+」を主導するのは、大阪市此花区役所。まちづくり推進課 で総合企画担当課長を務める西川勇二に、アートに着目した理由を聞いた。

 「この正蓮寺川公園の場所にはもともと川が流れており、魚が泳ぎ、子供たちが遊び、命が輝く場所でした。それが高度成長期になると工場が多く立ち並び、環境汚染を象徴する川になってしまいました。それを憂えた区民の方々の取り組みで、水質の改善をしたうえで暗渠化し、公園として整備が進められたわけです。これから開幕する大阪・関西万博のテーマにも『命の輝き』というものがありますから、私たちも命を輝かせてくれるものとしてアートに着目し、アート作品で此花区の人々の気持ちと街そのものを盛り上げていこうと考えました」。

大阪市此花区役所まちづくり推進課の西川勇二総合企画担当課長

 例えば、工場や倉庫だった建物をアトリエに利用できるなど、住民にアーティストも多いこの地域。アートを受け入れる土壌があり、「konohana permanentale 100+」をきっかけに、地域の創造性のさらなる進化にも期待が高まる。

 「川俣さんの《千鳥橋ライトポスト》が設置された場所は鉄道の駅からもすぐ近く、公園の玄関といえるような場所です。普段見慣れた街灯があのように集まることで迫力をもち、アートの世界への入口を象徴する存在になると感じています。近くで見るか遠くで見るかで表情が変わり、昼と夜でも見え方が違うので、見る人それぞれに様々なことを感じていただけるはずです。これを皮切りにアート作品が増えていき、地域の独創性や表現力が高まるきっかけになることを想像しています」。

《千鳥橋ライトポスト》の夜の表情

「完全でないから生き続ける」作品

 川俣は、西川が話す昼と夜とで変化する作品の表情についてこう話す。

 「パーマネントインスタレーションとしてこのライトポストの作品を設置したのですが、道路にせり出すように設置されているので、光が車の運転の邪魔にならないように、自らポストを照らす角度を向いているんですね。そうすると夜にはポストがうっすらと浮かび上がって見えて、昼には想定していなかったイメージが生まれます。ここの場所にどんなものが生きてくるのかを考えましたが、面白い存在感のものができたのではないかと思います」。

お披露目式典の前日に点灯されると、スマートフォンを向ける歩行者の姿が

 そして街灯としての機能をもっている以上、メンテナンスも欠かせない。

 「鉄や石でつくり、台座に設置した彫刻作品と違って、《千鳥橋ライトポスト》は完全ではない作品ということができるかもしれません。逆に、完全ではないものとして提示しておくことによって、設置したあとも生き続けるような、いろんな人が手をかけて関わり続けるような作品をつくりたいと思うんです」。

 本格実施第一弾となった川俣正の《千鳥橋ライトポスト》は、おそらくそれほど時間が経つことなく、この場所を象徴する存在となるだろう。そして今後も、正蓮寺川公園にはパブリック・アート作品が増えていく。象徴的な作品が増加することで、アートの街としてのイメージが醸成されていくに違いない。その道のりをゆっくりと追いかけていきたい。 

《千鳥橋ライトポスト》のお披露目にあわせて、此花区制100周年を祝うモニュメントの除幕式も行われた