2025.4.13

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025」見どころレポート

京都の春を告げる芸術祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025」が開幕。「HUMANITY」をテーマに多数のアーティストが参加する今回のハイライトをお届けする。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

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JR「JR, The Chronicles of Kyoto, 2024」(京都駅ビル北側通路壁面)「Printing the Chronicles of Kyoto」(京都新聞ビル地下1F階(印刷工場跡)& 1F)

 今回のKYOTOGRAPHIE 2025で象徴的な存在となるのが、フランス出身のJRによる大作「JR, The Chronicles of Kyoto, 2024」だ。JRは、道ゆく人に自分自身の認識と対峙するような問いを投げかける記念碑的なパブリック・アート・プロジェクトで世界的に知られる存在。なかでも、2017年よりスタートした市民参加型の大規模な壁画シリーズ「クロニクル」はとくに注目を集めている。

JR

 今回、多くの人々で賑わう京都駅の壁面という場所に、このシリーズをアジアで初めて展示。京都の様々な場所で移動式のスタジオを構え、505名の人々に声をかけてポートレイト撮影を実施。それらはコラージュされ、京都における人々の関係性や多様性を垣間見ることのできる、リアリティあふれる写真壁画作品となった。本作のみ、約半年にわたって展示が予定されている。

「JR, The Chronicles of Kyoto, 2024」展示風景

 JRは「このようなかたちで京都の駅でお披露目できることは非常に特別なこと。作品の中には参加者の色々なストーリーが組み込まれている。今後、どこか京都市内にパーマネントなかたちで常設できれば」と語る。

 また京都新聞ビル地下1階(印刷工場跡)と1階では、このクロニクルシリーズの過去作品とともに、今回の制作背景がわかるようなインスタレーションも展開。印刷工場跡では足場を組み、クロニクルから選んだ10名が巨大化して登場した。一人ひとりの声を聞くことで、クロニクルの世界により深く没入するような体験ができる。

京都新聞ビル地下1階(印刷工場跡)の展示風景
京都新聞ビル地下1階(印刷工場跡)の展示風景


エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between | The Space Between」(両足院)Presented by Van Cleef & Arpels

 フランスの現代写真界を代表するエリック・ポワトヴァン。その作品は、ヌード、ポートレート、静物、風景といった古典絵画の主要なジャンルを、自然と身体を中心とした写真プロセスを通じ、再考するものだ。

エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between | The Space Between」展示風景

 本展タイトルにある「両忘」とは、禅語で世の中を分断する物事の二両性を忘れること、両側面の対立を忘れることを示しているという。

 ポワトヴァンは両足院について「完璧な建築であり、ここになぜ何かを付け足さなければならないのか?という問いがあった」としつつ、「一番謙虚なかたちで展示をした。庭は建築的な自然であり、対話を重視し、そこにいかに対峙するかを考えて展示を構成した」と語る。

 パリのラボで制作され、両足院の空間にインストールされた写真群は、地球上に生きるすべての生命体の生と死を表現している。また被写体となっている植物は両足院が持つ見事な庭とも呼応する。

エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between | The Space Between」展示風景
エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between | The Space Between」展示風景

マーティン・パー「Small World」(TIME'S)

 マーティン・パーは1952年イギリス生まれ、94年からマグナム・フォトに所属している世界的な写真家だ。世界の様々な文化を研究しながら、レジャー、消費、コミュニケーションといったテーマを皮肉を交えつつ長年探求している。

 今回の展示では、近年世界中で問題視されている「オーバーツーリズム」をテーマに、パーが長年世界中で撮影してきたユーモアあふれる作品を発表。「コロナ以降、観光がブームとなっており、京都の街も観光客で埋め尽くされつつある」と語るパー。会場では、開催直前に花見で賑わう京都で撮影された新作も軽快な音楽とともにスライドショー形式で見ることができる。

マーティン・パー「Small World」展示風景
マーティン・パー「Small World」展示風景
マーティン・パー「Small World」展示風景

𠮷田多麻希「土を継ぐ─Echoes from the Soil」(TIMES)Ruinart Japan Award 2024 Winner Presented by Ruinart

 2024年に、KYOTOGRAPHIEインターナショナルポートフォリオレビューの参加者より受賞者が選ばれる「Ruinart Japan Award 2024」を受賞した𠮷田。生活排水による環境問題や、近年頻発している人と野生動物の事故などをテーマにしたプロジェクトに取り組み、人間の思考方法や無意識の行動に固執することに疑問を投げかけ、人と生き物の新たなバランスを模索することを目指している作家だ。

 同年秋にフランスを訪れ、ルイナールのアーティスト・レジデンシー・プログラムに参加し制作した𠮷田は、日本と異なるシャンパーニュ地方の土壌に着目して撮影。それらを土に埋め、掘り出したものが暗い部屋に並ぶ。

𠮷田多麻希「土を継ぐ | Echoes from the Soil」展示風景

 いっぽうの明るい部屋では、フランス滞在中に出会った「死と再生のシンボル」であるアカシカを撮影した大作を展示。和紙にプリントしたものを、さらに𠮷田自身の手によって和紙に漉き込んだ9枚の作品を展示することで、連綿と紡がれていく自然のサイクルを表現した。

𠮷田多麻希「土を継ぐ─Echoes from the Soil」展示風景

レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」(ASPHODEL)

 祇園にあるASPHODELで展示を行うのは、自己愛、文化的アイデンティティ、エンパワーメントをテーマに活動するアーティスト、アクティビスト、起業家のレティシア・キイ。

 自身の髪の毛を用いて表現されるユニークなポートレイト。植民地化以前の西アフリカの女性たちの髪型を知ったことから始まったこの取り組みによって、髪の毛に悩むアフリカの女性たちをエンパワーメントするとともに、女性の権利擁護にも取り組んでいる。

レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」展示風景

 今回の展示では、コートジボワールの日常生活やアフリカの伝統的な髪型を再現した作品に加え、女性が晒される様々な構造的暴力をテーマにした作品群、そしてキイが「女性にとって非常に重要な側面である」と語る、自己を愛することをテーマにした作品群が3フロアにわたって展開されている。

レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」展示風景
レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」展示風景

 なお、キイはKYOTOGRAPHIEのアフリカンレジデンシープログラムで京都に2週間滞在し制作した作品を、出町桝形商店街とDELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceにて発表。ASPHODELの作品群とは異なり、日本の風景や文化とキイの世界観を髪の毛で融合させたユニークな作品を、商店街の雰囲気とともに楽しみたい。

出町桝形商店街の展示風景
DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceの展示風景

「グラシエラ・イトゥルビデ|GRACIELA ITURBIDE」(京都市美術館 別館)Presented by DIOR

 1942年メキシコシティ生まれのグラシエラ・イトゥルビデ。69年にメキシコ国立自治大学の映画研究センターで映画を学び、メキシコ人写真家マヌエル・アルバレス・ブラボの影響を受けた。故郷メキシコの地域社会を撮影したモノクロ写真で知られ、1979年に出版した写真集『Juchitándelas Mujeres』は、生涯にわたるフェミニズム支持のきっかけとなった。

グラシエラ・イトゥルビデ

 日本における初の大規模個展となる本展では、和紙の展示壁と左官職人が手がけたレンガを思わせる展示壁で空間が構成されており、そこに50年以上にわたって制作された膨大な数の作品が並ぶ。イトゥルビデの大きなテーマとなってきた先住民のセリ族、サポテカ族の女性たち、そして「ムシェ」(女装の男性)の人々の姿をはじめ、多様な題材に目を凝らしてほしい。

「グラシエラ・イトゥルビデ|GRACIELA ITURBIDE」展示風景
「グラシエラ・イトゥルビデ|GRACIELA ITURBIDE」展示風景
「グラシエラ・イトゥルビデ|GRACIELA ITURBIDE」展示風景

石川真生(誉田屋源兵衛 竹院の間)Presented by SIGMA

 1953年沖縄県大宜味村生まれの石川真生。沖縄を拠点に制作活動を続け、沖縄をめぐる人物を中心に、人々に密着した作品を制作している。2023年に開催された東京オペラシティアートギャラリーでの大規模個展は記憶に新しく、この個展が評価されて令和5年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。今年は第36回サンパウロ・ビエンナーレにも参加するなど、国際的な評価の高まりを見せている。

石川真生の展示風景

 今回は、1970年代後半に当時米軍兵のなかでも差別されていた黒人兵だけが集まるバーで働きながら、男女の恋愛模様や当時の沖縄をシャッターに収めた最初期の作品シリーズ「赤花」を展示。

 あわせて、2014年から始まった「大琉球写真絵巻」シリーズの新作である、2021年から24年にかけて沖縄の島々で撮影された写真群も見ることができる。

石川真生の展示風景
石川真生の展示風景
石川真生の展示風景

甲斐啓二郎「骨の髄 | Down to the Bone」(くろちく万蔵ビル)

 福岡県出身の甲斐啓二郎は、世界各地の格闘的な祭事に赴き撮影を行う写真家だ。現場では乱暴にシャッターを切りながらも、そこに写る人々の「生」に着目し、その根源的な問いに向きあっている。

 会場のくろちく万蔵ビルでは、現代のフットボールの原型となったスポーツを撮影した2つのシリーズをはじめ、黒石寺蘇民祭など4ヶ所の裸祭り様子をとらえた「綺羅の晴れ着」シリーズ、そして2ヶ所の火祭りを撮影した「手負の熊」「一条の鉄」シリーズを展覧。また巨大な3面スクリーンでは迫力ある映像を音声付きで楽しむことができる。

甲斐啓二郎「骨の髄 | Down to the Bone」展示風景
甲斐啓二郎「骨の髄 | Down to the Bone」展示風景
甲斐啓二郎「骨の髄 | Down to the Bone」展示風景

プシュパマラ・N「Dressing Up:プシュパマラ N」(京都文化博物館 別館)Presented by CHANEL Nexus Hall

 インド出身でバンガロールを拠点とするプシュパマラ・Nは、彫刻の教育を受け、90年代半ばから写真に取り組み始めた。その作品は、様々な役柄に扮して示唆に富んだ物語をつくり上げるフォト・パフォーマンスやステージド・フォトであり、女性像の構築や国民国家の枠組みといったテーマにユーモアやアイロニーを加え、プシュパマラ・Nが言うところの「感動的な作品」へと仕上げている

展示風景より、「The Arrival of Vasco da Gama」(2014)

 京都文化博物館 別館を舞台とする日本初個展となる本展では、スタジオでつくられた作品群を展示。

 ヴェローゾ・サルガドが1898年に描いた絵画をもとに、ポルトガルの探検家ヴァスコ・ダ・ガマと、インド南西部の沿岸にあるカリカットの王の両者を体現することでオリエンタリズム作品を再解釈するシリーズ「The Arrival of Vasco da Gama」(2014)では、作品に使用された背景や小道具なども写真と共に展示。

 このほか、インドの起源神話とされる「ラーマーヤナ」を再解釈した「Avega〜The Passion」(2012)や、変容する国家のなかで歴史的表現や文化的理想を探求する現在進行形のシリーズ「Mother India」(2005〜)も並ぶ。

展示風景より、「Mother India」(2005〜)

 なお、6月には東京のシャネル・ネクサス・ホールでもプシュパマラ・Nの個展が開催。異なるシリーズが展示される予定だ。

アダム・ルハナ「The Logic of Truth」(八竹庵[旧川崎家住宅])

 八竹庵(旧川崎家住宅)で展示を行うアダム・ルハナは、エルサレムとロンドンを拠点に活動するパレスチナ系アメリカ人のアーティスト。

「The Logic of Truth」は、歴史の操作や真実の歪曲について深く掘り下げ、帝国主義や植民地主義の力によって書き換えられ、あるいは消去されてきたサバルタン(従属的階層)の歴史に、パレスチナの実例を通して光を当てている。

「The Logic of Truth」展示風景

 写真に映るのは一見ありきたりな日常光景だが、メディアが取り上げない瞬間に過酷な状況下で生き抜く人々の抵抗を表すとともに、軍事占領下の厳しい現実にも光を当てている。日本人にとっての伝統的な家屋(ホーム)である八竹庵とパレスチナ人にとっての母国(ホームランド)を接続させ、パレスチナに対する固定概念を問い直し、「もうひとつの真実」への扉を開くものだ。

「The Logic of Truth」展示風景

土田ヒロミほか「リトルボーイ」(八竹庵[旧川崎家住宅])

 同じ八竹庵の蔵では、2つの写真が展示されている。

 ひとつは、いまから80年前に人類史上初めて投下された原子爆弾(リトルボーイ)が広島に生じさせた巨大なきのこ雲を、米軍機が記録用に撮影した写真。

 もうひとつは、広島で被曝し亡くなったひとりの女性が着ていた、1着のワンピースを土田ヒロミが撮影した写真だ。写真にはこのワンピースにまつわるストーリーが記されており、被曝遺物と現在の社会を接続させる。

 終戦から80年となるが、世界では戦争が続き、核の脅威も消えることはない。そのリアリティをたった2枚の写真で伝える力強い展示だ。

イーモン・ドイル「K」(東本願寺 大玄関)

 イーモン・ドイルは1969年アイルランド・ダブリン生まれ。96年に国際的に評価の高いレコードレーベルのD1 Recordingsを設立し、約20年にわたり音楽制作とインディーズミュージックのためのビジネスに注力。2008年から写真制作をスタートさせた。

 今回の展示では、ドイルの兄が急逝した後に、母キャサリンが亡き兄へと書いていた膨大な数の手紙を重ねた布の作品を展示。また、そこから発展していったシリーズ「K」を発表。巨大な布が屏風のように連なり屹立するその姿は、重力と風と光に削り取られながら、異界の風景をさまよう覆われた霊の姿だという。

 会場ではアイルランドの伝統的な死者への哀歌「キーン」の貴重な音源が流れ続けており、東本願寺という場所とも相まって、超自然的な雰囲気を強調している。

「K」展示風景
「K」展示風景

劉星佑(リュウ・セイユウ) 「父と母と私 | My Parents and I」(ギャラリー素形)

 同写真祭が実施している公募型のアートプロジェクトKG+で「KG+SELECT Award 2024」を受賞した写真家・劉星佑は、ギャラリー素形で日本初個展を行う。

「父と母と私 | My Parents and I」展示風景

 台湾で同性婚が合法化されたことをきっかけに、その事実を自身の先祖に知らせる手段として、父親にウェディングドレス、母親にスーツを着てもらい結婚式を演出し撮影した受賞作品「The Mail Address is No Longer Valid」が展示。

 両親にカミングアウトしたものの、それが受け入れられない経験をしたという劉。会場に並ぶ作品は、作家と両親の15年という対話の歩みを提示するものであり、見るもののジェンダーに対する既成概念に揺さぶりをかける。

「父と母と私 | My Parents and I」展示風景

リー・シュルマン& オマー・ヴィクター・ディオプ「The Anonymous Project presents Being There」(嶋臺ギャラリー 東館)Supported by agnès b.

 嶋臺(しまだい)ギャラリーでは、映像作家でアノニマス・プロジェクトの創始者でもあるリー・シュルマンと、歴史上の人物や架空の人物に扮したセルフポートレイトのポートフォリオの制作を行うセネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプのふたりがコラボレーションしたプロジェクト「BeingThere」が展示されている。

 ふたりが使うのは、黒人に対する差別が公然と行われていた1950〜60年代に撮られたアメリカの家族写真だ。束の間の楽しいひとときや親密な瞬間などをとらえたファウンドフォト。白人ばかりが映る写真の「空白の場所」に、当時「見えざる者」であった黒人であるオマー・ヴィクター・ディオプの姿を巧みに合成することで、当時の時代背景を批判するとともに、いまの時代も「いないもの」として扱われる人々への想像力を喚起させる。

「The Anonymous Project presents Being There」展示風景
「The Anonymous Project presents Being There」展示風景