2025.4.8

「総合開館30周年記念 TOPコレクション 不易流行」(東京都写真美術館)開幕レポート。コレクションから改めて学ぶ写真表現史

東京都写真美術館で同館コレクションを5人の学芸員の視点から紹介する「総合開館30周年記念 TOPコレクション 不易流行」が開幕した。会期は6月22日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、石内都「mother’s」シリーズ
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 東京都写真美術館で、2期にわたって7名の学芸員が10のテーマで構成するオムニバス形式の展覧会「総合開館30周年記念 TOPコレクション」の第1期「不易流行」が開幕した。会期は6月22日まで。

展示風景より、右がルイス・ハイン《アメリカへ乗り込む、エリス島》(1908)

 「不易流行」は5室構成で、それぞれ同館学芸員の佐藤真実子、大﨑千野、室井萌々、山﨑香穂、石田哲朗が担当している。本展のタイトル「不易流行」は、江戸初期の俳人・松尾芭蕉(1644〜94)が俳句の心構えについて述べた「不易を知らざれば基立ち難く、流行知らざれば風新たにならず(現代語訳:変わらないものを知らなくては基本が成立せず、流行を知らなくては新しい風は起こらない)」という言葉に由来する。このタイトルの通り、本展は同館のコレクションを改めて振り返り、時代を象徴する名作をテーマごとに交えつつ、ゆるやかに写真史をたどることができる展覧会となっている。

展示風景より、野口里佳《潜る人#1》(1995)

 第1室「 写された女性たち 初期写真を中心に」(企画=佐藤真実子)では、初期写真を中心に、20世紀初頭にかけて写真に写された女性たちを取り上げる。

展示風景より、小関庄太郎《花を持つ少女》(1932)

 写真が発展したこの時代は、女性の政治参加や権利向上を求める運動が最初に盛り上がったころと重なっている。長時間露光によって印画される初期の写真、銀板写真(タゲレオタイプ)に記録されているのは、緊張した面持ちの女性像だった。やがて技術の進歩とともに、プライベートでカメラを向けられ、女性は被写体としてのポーズや表情を求められるようになっていく。本室では、こうした被写体としての女性史を垣間見ることができる。

展示風景より、右がポール・ストランド《ブラインド・ウーマン》(1915)
展示風景より、右が大久保好六《豊子さん》(1926)

 第2室「寄り添う」(企画=大﨑千野)は、石内都、塩崎由美子、大塚千野、片山真理の4作家の作品を紹介している。

 各作家はそれぞれ異なるものに寄り添いながら作品を制作した。石内の「mother’s」は、84年の生涯を生きた自身の母親の遺品一つひとつに寄り添いながら、写真に収めた作家の代表的なシリーズだ。実物の数倍もの大きさに引き伸ばされ、質感豊かに鑑賞者の前に立ち上がるそれらは、まるでポートレートのように故人の姿を現出させている。

展示風景より、石内都「mother’s」シリーズ

 塩崎の「Una」シリーズは、病で身体が不自由になりながらも40年以上にわたり住み続けている家で生活を続ける女性、ウナ・ゴールドに寄り添った作品群だ。困難を抱えながらも、彼女が守ろうとした日常の風景をとらえた本シリーズには、しなやかな強さが宿っている。

展示風景より、左から塩崎由美子《Una 2008》(2008)、《Una 2003》(2003)

 大塚は自分が幼い頃の写真にデジタル処理を施し、当時の自分と現在の自分がともに写っている写真シリーズを制作。どこか他人のようにも感じられる過去の自分に写真のなかで出会うことで、改めて自分という存在に寄り添おうとしている。

展示風景より、右が大塚千野《1976 and 2005,Kamakura,Japan》(2005)

 片山は病により両足を切断した自分の姿を撮影している。これはセルフ・ポートレートではなく、自身の周囲にある装飾的な品々を見せるための人形として、自分が写真に登場しているのだという。自己を客体化することによって得られる自由もある。これもひとつの自分への寄り添い方なのだろう。

展示風景より、片山真理《小さなハイヒールを履く私》(2011)、《子供の足の私》(2011)

 第3室「移動の時代」(企画=室井萌々)は、陸、空、そして宇宙へと人類の活動範囲が劇的に広がっていった「移動の時代」に焦点を当てる。

 本章でとくに焦点が当てられているのは移民だ。写っているのは19世紀、アメリカ西部でのヨーロッパ人による開拓移民と、それによって奪われたネイティヴ・アメリカン。あるいはナチス・ドイツから逃れるために亡命をするユダヤ人。米兵と結婚した戦後の日本人女性たち。軍事境界線によって線が引かれた南北朝鮮の兵士たち。これらの人々が抱えていたものが、現在の世界を覆っている問題とつながっていることは言うまでもない。

展示風景より、左上が《移民の母、カリフォルニア州ニポモ》(1936)
展示風景より、江成常夫「花嫁のアメリカ」シリーズ(1979)

 第4室「 写真からきこえる音」(企画=山﨑香穂)は、「音」を意識させる作品を展示している。写真は、人々の生活や行動を被写体とするだけでなく、そこに存在する生活音をも記録する。畠山直哉の写した団地の照明、植田正治による土地に生きる人々の音の暗喩のような写真、宮本隆司が撮る人々の生活音があった場所としての廃墟などは、いずれも写真でしか感じられない音を宿している。

展示風景より、畠山直哉《#2602》《#1928》(ともに2005)
展示風景より、植田正治作品
展示風景より、左が岡上淑子作品、右が宮本隆司作品

 最後となる第5室「うつろい/昭和から平成へ」(企画=石田哲朗)は、95年の本館開館時に開催された展覧会「写真都市東京」の持っていた空気を、当時の出展写真を展示することで再現した。同展のテーマは「東京という街を80年代以降の写真家たちがどのように表現したか」というものだったという。長野重一、塩田登久子、瀬戸正人、荒木経惟らの写した当時の「いま」の東京が、現代においてはノスタルジーの対象として意味が変化していることは興味深い。

展示風景より、長野重一「遠い視線」シリーズより《品川区上大崎》(1987)
展示風景より、田村彰英作品

 ほかにも本展では、マン・レイ、アウグスト・ザンダー、赤瀬川原平、高梨豊、林忠彦、杉本博司、オノデラユキ、長島有里枝など、写真史を学ぶうえで知っておくべき作家の作品が展示されている。30周年の節目に、改めて写真とう芸術表現の基本を学ぶことができる展覧会がはじまった。

展示風景より、杉本博司作品
展示風景より、赤瀬川原平「版画集 トマソン黙示録」より《No.3 通り抜けた家 東京都渋谷区南平台1981.11》(1988)