2025.8.2

企画展「開館30周年記念 未来/追想 千葉市美術館と現代美術」(千葉市美術館)開幕レポート。草間彌生作品も全点公開

今年開館30周年を迎える千葉市美術館で、企画展「開館30周年記念 未来/追想 千葉市美術館と現代美術」が開幕した。会期は10月19日まで。

文・撮影=大橋ひな子

展示風景より、「愛と平和が世界をつなぐー草間彌生」セクション
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 今年開館30周年を迎える千葉市美術館で、同館の歴史を振り返りながら、そのコレクションに焦点を当てる企画展「開館30周年記念 未来/追想 千葉市美術館と現代美術」が開幕した。担当学芸員は森啓輔(千葉市美術館学芸員)。会期は10月19日まで。

 同館は1995年に開館し、浮世絵など近世日本美術を含めた1万点を超えるコレクションを所蔵している。そのなかには、現代美術作品約1800点も含まれており、複数ジャンルにわたる充実したコレクションを築いている。さらに開館記念第2弾の企画展「Tranquility―静謐」以来、120以上の現代美術展を開催しており、開館当初より現代美術の重要性を認めた活動を続けていることも特徴のひとつだ。

 本展では、同館のコレクショ ンから国内外からも注目される具体美術協会、実験工房、中西夏之河原温草間彌生といった1950年代から90年代にかけての作品183点、62名(組)が紹介されている。展示は2フロアにわたって展開されており、全17セクションで構成されている。

 8階の展示室を入るとすぐに、田中敦子(1932〜2005)の作品が目に入る。本セクションでは具体美術協会について、田中のほかに、白髪一雄(1924〜2008)、元永定正(1922〜2011)などの作品とともに紹介されている。

展示風景より、「まだ誰も見たことがない芸術ー具体美術協会」セクション

 さらに奥へ進むと、1951年に瀧口修造(1903〜79)によって命名された前衛芸術グループである実験工房が紹介されている。同グループは、駒井哲郎(1920〜76)、北代省三(1921〜2001)、大清司(1923〜2001)、福島秀子(1927〜97)、山口勝弘(1928〜2018)、武満徹(1930〜96)らの、当時20代前半〜30代前半までの14名の美術家と音楽家、技術者によって構成されていた。同館では実験工房の作品を幅広くそろえており、過去には実験工房に焦点を当てた展覧会を複数実施している。

展示風景より、「社会に接続する実験の精神ー実験工房」セクション

 同館は現代美術の収集をはじめた1991年度に、マルセル・デュシャン(1887〜1968)の「大ガラス」および《遺作》に関連した版画作品も収蔵している。デュシャンの日本での受容に重要な役割を果たしたのは瀧口修造だが、同館では1960〜63年までの瀧口の作品も収蔵しており、2011〜12年には「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展を実施している。

展示風景より、「先駆者との交流と想像ーマルセル・デュシャンと瀧口修造」セクション

 続いて、同館の1960年代のコレクションで重要な位置を占める篠原有司男(1932〜)、赤瀬川原平(1937〜2014)、荒川修作(1936〜2010)らが、60年に結成した「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の作品が並ぶなか、美術批評家である東野芳明(1930〜2005)により、「ガラクタの反芸術」と評された工藤哲巳(1935〜90)の作品が紹介されている。本章では、反芸術の中心にいた工藤が、1966年以降フランスを拠点に行った「あなたの肖像」というハプニングに関する作品が展示されている。作品を屈んで覗き込むと、蛍光色のサイコロのなかに潜む工藤と目があいドキっとするような感覚を覚える。

展示風景より、「社会を挑発する芸術の衝動ー『反芸術』と工藤哲巳」セクション

 60年代という時代は、世界各地でも様々な芸術動向が誕生した時期であり、とくにアメリカにおいてはミニマル・アートやコンセプチュアル・アート、ポップ・アート、ランド・アートといった多様な動向が同時多発的に起こっていた。同館では、この時期の海外作家の作品も断続的に収集されており、コンセプチュアルアートにおける重要なアーティスト、ジョセフ・コスースやダン・グラハムの大規模個展も過去に開催している。

展示風景より、「拡張する芸術ー1960ー70年代のアメリカを中心に」セクション

 そしてその先に、本展のメインビジュアルにもなっている草間彌生の作品が展開されている。同館は、代表作である「無限の網(Infinity Nets)」シリーズの大型作品《No.B White》のほか、寄託作品を含む19点を収蔵している。本展は、その全作品が公開されている大変貴重な機会だ。

展示風景より、「愛と平和が世界をつなぐー草間彌生」セクション

 続いて7階の会場に移動すると、「見えること」と「見えないこと」、その関係性をテーマに活動を続ける河口龍夫(1940〜)の展示となる。同館では97年に「関係一河口龍夫」展を開催した。本セクションでは、26枚の写真パネルからなる〈陸と海〉(1970/1992プリント)を軸に、河口の70年代前半の造形表現が紹介されている。会期中には、5階の常設展示室で「特集 河口夫<関係一蓮の時・葉緑素)」(〜10月5日)が同時開催されているため、そちらもあわせて見てほしい。

展示風景より、「陸と海の間をめぐってー河口龍夫」セクション

 同館では、1人の作家につき複数の作品を収蔵し、作家の多様な作品展開を時間という尺度でも深掘りできるようにしているという。その方針を強く感じさせるセクションのひとつが、ハイレッド・センターのメンバーである中西夏之(1935〜2016)のセクションだ。同館では、初期の1959〜60年に制作された《韻’60》から90年の《中央の速い白Ⅷ》までの作品を計10点所蔵しており、約30年間の中西の絵画の展開を追うことができる。作品を同じ空間で比較することで、制作年ごとによる明確な違いに気づける機会となっている。

展示風景より、中西夏之セクション

 1人の作家の作品を複数所蔵する方針を体感できるセクションとして、河原温(1932〜2014)作品のコレクションも特筆したい。同館では河原の作品を23点所蔵しており、本セクションでは「Today」シリーズ全19点を含む20点が展示されている。

展示風景より、「百万年後の未来を想うー河原温」セクション

 また同会場に展示されている《百万年ー未来》は、10冊の書物による作品で、各ページには、1984年から百万年後の1001983年までの年号が記されている。すでに遠い未来を見据えた作品を発表していた河原の姿勢が想像できる本作は、本展のテーマのひとつである「未来」への指向を示唆する作品だと言える。

展示風景より、河原温《百万年ー未来》(1983)タイプ、コピーほか

 本フロアの最後のセクションは、写真家・現代美術家の杉本博司(1948〜)。同館の開館記念展第2弾である「Tranquility一静謐」展の再現展示となっている。会場には「海景」シリーズ18点が過去展示と同様に並び、同館のコレクションが重ねてきた時間と空間の厚みが感じられる機会となっている。

展示風景より、「コレクションが重ねてきた時間ー杉本博司」セクション

 本展は同館内1階にある、1927年築の旧川崎銀行千葉支店を保存したさや堂ホールも会場のひとつとなっている。ここでは、1997年に同館で開催された「超克するかたち一彫刻と立体」展の再現展示が行われている。当時のメインビジュアルや挨拶文も掲示されており、28年前にこの場所で開催された展示を追体験できるような工夫がなされている。

展示風景より、「超克するかたち一彫刻と立体」展の再現展示
展示風景より、「超克するかたち一彫刻と立体」展の再現展示

 構想段階から「未来を指向すること」が書き記されていた同館の、1995年の開館から30年たったいま、改めて同館のはじまりに託された思いに向き合い、一層「未来」に向けて歩みを進めていく覚悟を感じられる展覧会だと言えるだろう。なお本展では、マンガ家・芸術家である西島大介による同館を舞台としたオリジナルゲームやNFTデジタルスタンプラリーも開催されており、夏休み期間に多様な世代が楽しめる展覧会となっている。この機会にぜひ足を運んでみてほしい。