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2025.7.19

「山本理顕展―コミュニティーと建築―」で迫る、プリツカー賞受賞建築家の思想

横須賀美術館で、同館を設計した建築家・山本理顕の過去最大規模となる個展「山本理顕展―コミュニティーと建築― 」が開幕した。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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「こういう展覧会をやりたいと思っていた 」──2024年に「建築界のノーベル賞」とも呼ばれるプリツカー賞を受賞した建築家・山本理顕。その過去最大規模の個展「山本理顕展―コミュニティーと建築― 」が、横須賀美術館で開幕した。

横須賀美術館

 山本は1945年中華人民共和国・北京生まれ。第二次世界大戦後に横浜へと移住した。68年に日本大学理工学部建築学科卒業し、71年には東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了。73年に山本理顕建築設計事務所を設立。代表作には、本展会場である横須賀美術館のほか、公立はこだて未来大学、横浜市立子安小学校、チューリヒ空港の複合商業施設「THE CIRCLE」や韓国の集合住宅などがある。

 山本は、建築におけるパブリックとプライベートの境界を「閾(しきい)」と呼び、地域社会とのつながりを生む空間として重要視している。こうした思想を体現した建築は、そこに住む人々だけでなく、周辺のコミュニティー全体を豊かにできるものとして世界的な評価を受けている。その結実のひとつが、24年のプリツカー賞受賞、文化庁長官表彰(国際芸術部門)だと言えるだろう。

山本理顕

 自身の代表作のひとつである横須賀美術館を会場として行われる本展は、その設計思想を総合的に紹介する、過去最大規模の展覧会。会場には、小さな住宅から都市計画まで、約60点の模型や図面、スケッチ、ドローイングがびっしりと並ぶ。

展示風景より
展示風景より
展示風景より
展示風景より

 それぞれの作品をじっくり見ていくと、どれだけ時間があっても足りないが、例えば家族ではない500人程度の人たちが一緒に住む「地域社会圏モデル」などは、山本の思想を強く反映したものに見える。

“「地域社会圏」システムについて考えることは、今の行政の運営システムそのものを見なおすことでもある。「一住宅=一家族」システムは既に破綻している。でも、今、それに変わる空間モデルがない。「地域社会圏」に固有の小さなインフラ・システムと共に、魅力的な建築空間のモデルを私たち建築家の側が提案できるかどうか、それが極めて重要なのである。”(本作キャプションより、山本の言葉を一部引用)

展示風景より、「地域社会圏モデル」

 会場に並ぶ各作品以外に、もっとも見るべきは横須賀美術館という建築そのものだろう。同館の設計者選定は、建築案ではなく実績や面接で選ぶQBS(資質評価)方式によって行われた。山本にとってはこれが初の美術館建築であり、「非常に深い思い入れがある」(山本)という。

横須賀美術館内観から海を望む

 後ろ三方を森に囲まれ、北東が海に面するという景観に佇むこの美術館は、塩害対策のためボリュームの半分を地下に埋めた低層。敷地の海側はなだらかな斜面でそのまま海につながるように、また地上に出ている建物部分は森に隠れるように建っており、「地形を利用して景観と建物とを一体化させたい」という当初からのコンセプトが見事に体現されている。

展示風景より、横須賀美術館の模型

 外観は外皮をガラスで覆い、内皮を溶接した鉄板にする「ダブルスキン」となっており、これによって内部空間はコーナーがない、滑らかな面が続く独特の雰囲気が実現した。

 また同館内のもうひとつの大きな特徴が、大小様々な「丸穴」の開口部だろう。エントランスホールや天井高が約12mある吹抜の地階展示ギャラリーでは、鉄板の天井や壁に丸穴を開けることで光量をコントロールしており、穴の数を調整することで、北側に行くにつれ、より明るい空間となるようになっている。また1階企画展示室では、展示室と展示室の間の「ギャラリー」から丸穴越しに海の景色を見ることができ、鑑賞体験中の「緩衝空間」が生み出されている。

展示風景より

 こうした館内外のシーンを切り取るたくさんの窓は、自然や他者の活動に意識を向けさせようとする、山本理顕の設計思想を表現するものだ。

 山本は本展の開催に際し、こう語る。「どんな小さい建物も、命懸けでつくってきた自負がある。ぜひご覧いただきたい。いまの建築をめぐる状況では、博覧会(大阪・関西万博)になんの躊躇もなく参加している人もいる。そこかわもわかるように、建築家は権力に対して力はない。しかし力のある建築をつければ、新しい社会をつくれると確信している」。

展示風景より