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2025.6.28

「伊藤慶二 祈・これから」(岐阜県現代陶芸美術館)開幕レポート。90歳のアーティストのこれまでとこれからを見つめる

岐阜県現代陶芸美術館で、同地を拠点に活動する作家・伊藤慶二の個展「伊藤慶二 祈・これから」が開幕した。会期は9月28日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、「HIROSHIMA」シリーズ
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 岐阜・多治見にある岐阜県現代陶芸美術館で、同地を拠点に活動する作家・伊藤慶二の個展「伊藤慶二 祈・これから」が開幕した。担当学芸員は林いずみ。

 伊藤慶二は1935年岐阜県土岐市生まれ。現在も同地を拠点に制作を続けている。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)で油画を学んだ後、美濃へ戻り岐阜県陶磁器試験場に勤めた伊藤は、陶磁器デザイナー・日根野作三(1907〜1984)との出会いなどを通じて、60年代から陶芸を発表してきた。75年に独立した伊藤は、クラフト(手仕事で生産される日用品)の制作から始まり、早くから陶による立体造形の制作に取りむようになった。またその制作は、陶による造形、オブジェへと拡がるとともに、油彩、ドローイング、布の作品など多様なメディウムを取り入れながら自在に展開している。

伊藤慶二

 これまでの個展に「伊藤慶二 こころの尺度」(岐阜県美術館、パラミタミュージアム、2011)、「伊藤慶二 ペインティング・クラフト・フォルム」(岐阜県現代陶芸美術館、2013)などがあるほか、国内外での展示およびグループ展に多数参加。第39回ファエンツア国際陶芸展買上賞(1981)、岐阜県芸術文化顕彰(2006)、第4回円空大賞展円空賞(2007)、地域文化芸術功労表彰(2013)、平成28年度日本陶磁協会賞金賞(2017)などを受賞し、高い評価を得ている。

 岐阜県現代陶芸美術館では2回目の個展となる本展は、今年90歳を迎える伊藤慶二の眼差しが伝わる「HIROSHIMA」「沈黙」「尺度」「いのり」などの代表的なシリーズを網羅しつつ、新作も展示することで、ただの回顧展にとどまらないものとなっている。

 展示冒頭を飾るのは「いのり」だ。2011年に初めてその名を冠したインスタレーションを発表し、その後、空間に応じて柔軟にカタチを変えてきた「いのり」。本展では、道祖神などを描いた木炭画を周囲に配したこれまでにない構成となった。

展示風景より
展示風景より

 戦後80年となる今年、注目すべきは「HIROSHIMA」シリーズだろう。9歳で終戦を迎えた伊藤は父親から戦争がもたらす惨状を聞き、それが深く心に刻まれたという。伊藤にとってライフワークとも言える同シリーズは、1972年に発表された「HIROSHIMAー骨」シリーズを出発点とし、「HIROSHIMAー土」シリーズへと展開していった。

展示風景より、《HIROSHIMA - 骨》(1972)

 矩形の「HIROSHIMA - 土」シリーズは、焼け爛れた広島の大地を切り取ったイメージとして制作されており、あるものには「HIROSHIMA」の文字、またあるものには「1945」の刻印や街路のような線、墓標にも焼けた木に見える針金が刺さる。一つひとつが異なる本シリーズは、それぞれが被爆した土の個々の記憶あるいは傷跡をいまに伝えるかのようだ。

展示風景より、「HIROSHIMA - 土」シリーズ
展示風景より、「HIROSHIMA - 土」シリーズ
展示風景より、「HIROSHIMA - 土」シリーズ

 伊藤が2000年代に発表した「尺度」シリーズは、手や足など身体の一部を象ったもの。人間的な「ものさし」のあり方を探るこのシリーズは、デジタル化が進む現代において、人間が身体性に立ち戻ることの重要性を静かに訴えかける。

展示風景より、「尺度」シリーズ

 2010年代から取り組み始めた「抱擁」は美術史と接続するシリーズだ。その着想源はコンスタンティン・ブランクーシの《接吻》。向かい合いながら溶け合うような2人の人物だが、ブランクーシのそれとは異なり、そこには明確な色彩の差が見られる。人間と人間が交わることの重要性と難しさの両面を問いかけるようだ。

展示風景より、《抱擁》(2025)
展示風景より、《面 - おとこ》(2009)
展示風景より

 手と足は80年代以降、伊藤が繰り返し取り組んできたモチーフ。人間の能動的な動きを象徴する手、そして仏足石を参照した足。身体全体ではなく、その一部を象徴的に作品化することで、伊藤は人間と世界がつながる感覚そのものを造形化している。

展示風景より、《あやとり》(1990年代)
展示風景より、《足》(2010)、《足》(1998)

 展示の最後を締めくくるのは、「沈黙」「場」「ストーリー」などのシリーズを組み合わせたインスタレーションだ。「沈黙」シリーズは墳墓をイメージした固く閉ざされた印象を与えるもの。これに対応するように、祭事の空間をイメージした「場」を内包する「場」「ストーリー」シリーズや、古道具を使った「見立て」シリーズを置くことで、新たな空間が立ち上がる。

展示風景より
展示風景より、「沈黙」シリーズ

 器・クラフト、陶による造形、油彩、木炭、布と糸のコラージュなど、ジャンルや素材、手法を超えて展開してきた伊藤。本展をたどることで、その創作を貫く精神、生活、社会に対する真摯な眼差しと出会うことができるだろう。

 最後に伊藤の言葉を紹介したい。「やきものに収まらず、他の素材も取り入れて、思うままに制作している。全館を使う展示で、幅広い作品層になった。やきものを見る目ではなく、ちょっと違った目で見てもらえると楽しんでもらえるのではないか」。

展示風景より
展示風景より
展示風景より