2025.4.19

「瀬戸内国際芸術祭2025」春会期(直島、豊島ほか)開幕レポート。芸術と海の再生を目指して

第6回を迎える「瀬戸内国際芸術祭2025」が、4月18日より春会期として開幕した。「海の復権」を一貫したテーマに掲げ、今年も瀬戸内の島々と港を舞台に多彩なアートが展開されている。その見どころをレポートする。

文・撮影(*を除く)=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、五十嵐靖晃による「そらあみ」の作品
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 4月18日、瀬戸内海を舞台にした「瀬戸内国際芸術祭2025」の春会期が幕を開けた。この芸術祭は、直島、豊島をはじめとする瀬戸内海の複数の島々と港町を会場に、3会期にわたって開催される国際的なアートイベント。2010年の初開催以来、「海の復権」をテーマに掲げ、地域再生と芸術の融合を目指してきた。

 第6回目を迎える今回は、春・夏・秋の3会期、合計107日間にわたって開催。直島、豊島、犬島、小豆島など、これまでの主要エリアに加え、春会期には瀬戸大橋、夏会期には志度・津田および引田、秋会期には本島、高見島、粟島、伊吹島、宇多津が新たに加わり、過去最多となる全17エリアでの展開となる。

 参加アーティストは、37の国と地域からの216組が集結。そのうち初参加作家は88組にのぼる。109の新作を含む254の作品が展開され、会期中には20件のイベントが予定されている。

 芸術祭の開幕に先立ち、国内外の報道関係者に向けたプレスツアーが実施された。本稿では、4月15日から16日にかけて巡った会場のうち、春会期の新作を中心に、今年の芸術祭の見どころをレポートする。

瀬戸大橋エリア

 1960年代に大規模な埋め立てによって四国本土と陸続きとなった瀬居島は、これまで芸術祭の会場であった沙弥島と同様の成り立ちを持つ。今年の瀬戸内国際芸術祭では、エリア名称を「瀬戸大橋エリア」と新たに定め、初めて瀬居島が公式会場として加わった。すべて新作で構成される「瀬居島プロジェクト」は、今年の芸術祭のなかでも注目すべき試みだ。

「SAY YES」プロジェクトの展示風景より

 中心となるのは、中崎透がディレクションを務めるプロジェクト「SAY YES」。旧瀬居中学校、小学校、幼稚園、さらには集落全体を舞台に、16名のアーティストによる多彩な作品が展開されている。プロジェクト名は、中崎が現地を訪れた際、頭のなかに流れた90年代ドラマの主題歌に由来するという。

中崎透《M Say-yo, chains, what do you bind or release?!》の展示風景より

 旧瀬居幼稚園では、中崎透による《M Say-yo, chains, what do you bind or release?!》が展示されている。島民から聞き取った言葉をもとに制作された本作は、個人の小さな出来事と地域の記憶が交錯する物語世界を描き出す。埋め立てによって「島でなくなった」瀬居島という地の象徴性と、そこに潜む「つながり」と「束縛」の二面性を問いかけるインスタレーションだ。

小瀬村真美《自然の/と陳列》の展示風景より

 旧瀬居小学校では、小瀬村真美による《自然の/と陳列》が理科室に残された実験器具や資料を再構成するかたちで展示されており、新たに撮影された写真シリーズ「静物─旧瀬居小学校」を中心に、場と記憶の再編成が試みられている。狩野哲郎は《既知の道、未知の地》と題したインスタレーションを展開。鳥の視点を取り入れ、日用品や自然物を組み合わせたオブジェによって、他者の感覚から見た瀬戸内の風景を想像させる作品となっている。

狩野哲郎《既知の道、未知の地》の展示風景より
展示風景より、下道基行の作品

高松港エリア

 高松港エリアでは、「歓待する」をテーマに、国内外の来訪者が交わる場の創出が図られている。芸術祭の玄関口として、来訪者を迎えるだけでなく、海を介して広がる世界とのつながりを体感できる空間となっている。

 五十嵐靖晃による「そらあみ」が港に彩りを加え、夏以降にはベトナムプロジェクトによるマルシェも登場する予定で、日常と非日常が交差する賑わいの場が生まれる。

展示風景より、五十嵐靖晃による「そらあみ」の作品

 ホンマタカシによる《SONGS─ものが語る難民の声》は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との共催による展覧会。シリア、ウクライナ、インドネシア、バングラデシュ、コロンビアなど、様々な地域の難民の声をポートレイトや「大切なもの」を通じて可視化し、それぞれの人生に宿る力と物語を伝えている。展示は会場内で完結せず、配布されるタブロイドを通じて、船上での移動時間にも彼らの声に耳を傾けることができる構成となっている。

ホンマタカシ《SONGS─ものが語る難民の声》の展示風景より

 また、屋島にある交流拠点施設「やしまーる」を会場とした「屋島アートどうぶつ園 一海と森のむこうがわ」では、動物をモチーフとした立体作品が展開されている。9名のアーティストが瀬戸内海の生態系を起点に、海洋生物と陸上生物との対比や素材へのアプローチを通して、生命の営みを独自の視点で表現。ガラス張りの蛇行する建築空間に現れる「どうぶつ園」は、鑑賞者の想像力を刺激し、海と森の向こう側に広がる世界へと思いを巡らせる機会となる。

「屋島アートどうぶつ園 一海と森のむこうがわ」の展示風景より
「屋島アートどうぶつ園 一海と森のむこうがわ」の展示風景より

大島

 ハンセン病療養施設・大島青松園を有する大島では、会期の内外を問わず、継続的に島を訪れ、交流を重ねながら作品を制作する作家が多い。春会期には、長年この地で活動してきた田島征三鴻池朋子が、それぞれ新作を発表。夏会期以降には、海外作家も加わり、大島に新たな視点をもたらす予定となっている。

 鴻池朋子は2つのプロジェクトを展開している。ひとつは《物語るテーブルランナーと指人形 in 大島青松園》。島で暮らし働く人々の物語を絵として描き、刺繍によってランチョンマットに仕立てたシリーズに、今回は“語り部”として指人形たちが加わる。人形劇形式で、大島の記憶や、自作《リングワンデルング》に込められた思いを伝える構成となっている。

鴻池朋子《物語るテーブルランナーと指人形 in 大島青松園》の展示風景より

 また、《リングワンデルング》は、大島の北山に存在した霊的なサンクチュアリを舞台とする。1933年に若い患者たちが自力で切り開いた「相愛の道」は、1.5キロメートルにもおよぶ山道で、瀬戸内海の絶景を望むことができる。長らく閉ざされていたこの道を作家が整備し、2022年には崖下の浜辺へとつながる石段を設置。円環状の地形を持つ島に、「生き延びるための抜け道」を創出した。今年は、かつて尾根沿いに存在した頂上へのルートを探り、再びその道を復活させている。

「相愛の道」から眺めた瀬戸内海の風景

 いっぽう、田島征三は《森の小径》を展開している。かつて独身寮が建っていた場所に整備された庭には、島に自生するトベラやウバメガシ、香川県原産のハマボウやハマゴウが移植されている。加えて、入所者が育てた金栽の松やソテツも取り入れられている。今回はこの森の中心に、作家初挑戦となる石彫作品を設置。さらに、車椅子やストレッチャーでも巡ることができるように道の一部が改修され、より多くの人々に開かれた場所として整備された。

田島征三による石彫作品

直島

 世界的なアートの島として知られる直島では、いくつかの新たな展示が展開されている。例えば、昨年6月に公開されたヤン・ヘギュとアピチャッポン・ウィーラセタクンによるコラボレーション作品《Ring of Fire─ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月》は、太平洋を取り囲む火山帯「リング・オブ・ファイヤー」に連なる地殻変動や自然界の営みに着目し、光・影・振動をテーマに構成された作品だ。昼間はヤンによる彫刻が地殻変動のデータと連動し、地中深くの動きを可視化。夜間にはウィーラセタクンによる照明と音、さらに124年間の地殻変動の記録と自身の旅の記憶を織り交ぜた映像が空間に漂う。展示空間の母屋は、三分一博志建築設計事務所によって改修され、作品の世界観を支える建築的基盤となっている。

《Ring of Fire─ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月》の展示風景より

 下道基行による《瀬戸内「   」資料館》は、2019年より継続しているリサーチプロジェクト。住民や専門家と協働し、瀬戸内地域の風土・民俗・景観・歴史を調査・記録・アーカイヴする取り組みであり、春会期では「瀬戸内『漂泊家族』写真館」をテーマに、直島諸島に漂着した廃材から自作のカメラを製作し、それを用いて撮影された風景や人々の姿が展示されている。

瀬戸内「漂泊家族」写真館の展示風景より

 また、1992年に直島で開館した最初の美術館であるベネッセハウス ミュージアムでは、大幅な展示替えが行われた。新たな展示では、初期から収集されてきたフランク・ステラをはじめとする欧米作家の主要コレクションが中心に据えられている。

ベネッセハウス ミュージアムでの展示風景より 画像提供=ベネッセハウス ミュージアム*

 さらに、5月31日には新たな拠点として「直島新美術館」が開館予定。安藤忠雄の設計によるこの美術館では、日本、中国、韓国、インドネシア、タイ、フィリピンなど、アジア各国の著名および新進気鋭のアーティスト12組による多様な新作や代表作が展示される。社会・環境・時代に対する批評精神や「生き方」を問う作品群が、地下2階・地上1階の3層構造のギャラリー、カフェ空間、屋外敷地に展開され、アジア発の視点から世界を問い直す新たなアート拠点として期待が高まっている。

犬島

 犬島では、産業遺産と自然、そして現代アートと建築が融合したユニークな芸術体験が展開されている。かつての銅製錬所跡地を生かした美術館から、集落に点在する「家プロジェクト」、植物を介した生活の再構築に至るまで、島全体がひとつの芸術空間となっている。

「家プロジェクト」の展示風景より

 犬島精錬所美術館は、柳幸典のアートと三分一博志による建築によって再生された施設だ。明治期に建てられた銅製錬所の煙突やカラミ煉瓦を保存しつつ、太陽光や地熱といった自然エネルギーを活用した、環境負荷の少ない設計がなされている。館内では、日本の近代化に対して鋭い視座を提示した三島由紀夫をモチーフとした柳幸典の作品が展示されており、産業遺構の記憶と現代の問いが交差する場となっている。

妹島和世+明るい部屋《犬島 くらしの植物園》の展示風景より

 妹島和世+明るい部屋による《犬島 くらしの植物園》は、島民や来訪者が植物を通じて新たな暮らしの在り方に思いを巡らせる場だ。「手入れが育む変化」をテーマに、アーティストの小牟田悠介らとの協働による参加型プロジェクト《手入れのリレー/Reflect》をはじめ、四季を通じて多様なワークショップが開催されている。植物との関係性を通じて、人と環境との新たな関係を考える場となっている。

「家プロジェクト」の展示風景より

 また、島内に点在する6つの展示空間で構成される「犬島『家プロジェクト』」も見逃せない。アーティスティック・ディレクターの長谷川祐子と建築家・妹島和世のもと、名和晃平荒神明香オラファー・エリアソンら国内外のアーティストが参加し、日常の風景や自然と呼応するインスタレーションを展開している。住宅の空間性を生かしながら、島の記憶や風土と対話するような作品群が、犬島の静謐な風景に溶け込んでいる。

男木島、女木島、豊島

 今回の取材では訪問できなかったが、男木島では「未来」をテーマに掲げた作品が展開されている。なかでも注目されるのが、12年ぶりに男木島で制作を行う「昭和40年会」のプロジェクトだ。

 昭和40年会は、会田誠、有馬純寿、小沢剛大岩オスカール、パルコキノシタ、松蔭浩之の6名からなる、1965年生まれの作家によるアーティスト・コレクティブ。空き家を活用した《男木島未来プロジェクト2125 男木島 麦と未来の資料館》では、未来の男木島を描き、さらに100年後の視点から現在を振り返るという時間の構造が取り入れられており、春から秋にかけて連続公開される予定だ。

 フランス出身のエミリー・ファイフによる《私たちの島》は、男木島のかたちを模したテキスタイル作品。島の伝統的な織物であるくるま織りやしじら織り、リサイクル衣類などを用いた構成となっており、地域との深い結びつきが表現されている。

ヤコブ・ダルグレン Color Reading and Contexture

 女木島では、休校中の小学校や元民宿を会場に、国内外の作家による多様なプロジェクトが展開されている。スウェーデン出身のヤコブ・ダルグレンによる《色彩の解釈と構造》は、25メートルプールを舞台にした大規模なインスタレーションだ。トラック5台分の四角い素材を収集し、色ごとに分類して積み上げる制作プロセスは、まるで絵画を立体化したような構成であり、飛行機から俯瞰した街のようなスケール感を生んでいる。島民や高校生も制作に参加し、共同作業を通じて色とかたちの街が築かれた。

 昨年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞(最優秀アーティスト賞)を受賞したマオリのアーティスト、サラ・ハドソンによる《石は憶えている、そして私は耳を傾ける》は、女木島と彼女の祖先が暮らしたニュージーランド・モウトホラ島に共通する「石垣」から着想を得たシリーズ。絵画・彫刻・映像による作品群は、地理的・心理的断絶の痛みと、それに対する和解と修復のプロセスを内包し、石に宿る記憶に耳を傾けながら島との関係性を見つめ直すものだ。

サラ・ハドソンの作品イメージ

 また、豊島では塩田千春が15年ぶりに作品を発表した。新作《線の記憶》は、豊島南部の甲生集落で使用されていた素麺の製麺機3台を用い、赤い糸で空間を編み上げる大規模なインスタレーション。60年以上にわたり使われてきた製麺機は、「もう使われないが捨てられない大切なもの」として今回の作品のために譲り受けられた。塩田は、装置と糸を通じてこの土地に受け継がれてきた記憶や人々の営みを可視化し、「生きること」と「存在」についての根源的な問いを浮かび上がらせている。最終的に使用された赤い糸の総延長は、37キロメートルに達したという。

 「海の復権」を掲げる瀬戸内国際芸術祭は、自然と人間、歴史と未来、そして土地と芸術を結び直す試みとして、今日において重要な意味を持つと言える。各島で展開される作品群は、それぞれの土地に根ざした物語や営みに寄り添いながら、鑑賞者に「生きるとは何か」「つながるとはどういうことか」といった根源的な問いを投げかけてくる。

 瀬戸内という海域を舞台に、「希望の海」として再び世界とつながるその未来を、アートの力が静かに照らしている。ぜひ、今年も瀬戸内の島々を巡って、その光に触れてみてほしい。

2025年4月21日追記:「高松港エリア」について一部の内容を訂正いたしました。