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2025.4.19

「石田尚志 絵と窓の間」(アーツ前橋)開幕レポート。絵画における時間とは、光とは、音とは何か

アーツ前橋でアーティスト・石田尚志の展覧会「石田尚志 絵と窓の間」が開幕した。会期は6月22日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《透過光絵巻》(2016)
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 群馬・前橋のアーツ前橋で、自ら描いた絵画を連続的に撮影するドローイング・アニメーションで知られるアーティスト・石田尚志の展覧会「石田尚志 絵と窓の間」が開幕した。会期は6月22日まで。なお、本展は神奈川県立近代美術館 葉山(2024年7月13日〜9月28日)からの巡回。このあとも高松市美術館(8月8日~10月5日)に巡回する。

展示風景より、《夜の海》(2024)

 石田尚志は1972年東京都生まれ。90年より本格的な絵画制作、92年頃より映像制作を始め、《部屋/形態》(1999)でイメージフォーラム・フェスティバル1999特選を受賞する。愛知芸術文化センター委嘱映像作品《フーガの技法》(2001)などで注目を集め、2007年には五島記念文化賞美術新人賞を受賞。25年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、現在は多摩美術大学の教授を務める。

展示風景より、《同じ大きさの窓》(2023)

 近年の石田は、約30年ぶりに再びキャンバスに絵筆を走らせることに取り組んできた。本展は、代表作と新作を中心に、初公開の作品も含め約80点の作品を紹介し、石田尚志の仕事を再考するものだ。

展示風景より、ドローイング作品

 まずは、出展されているドローイング・アニメーションを取り入れた作品を見ていきたい。ドローイング・アニメーションとは、絵具等で「ムニュムニュ」と石田が呼ぶ線や長方形を描き、それを1コマずつ撮影することを繰り返す、ストップモーションアニメに類する手法だ。石田はこの手法を使って、様々な映像やインスタレーションを生み出してきた。

展示風景より、《渦》(1991)

 まず、本展の目玉のひとつである新作《夏の海の部屋》(2025)を紹介したい。4Kプロジェクターのスクリーンで上映される本作は、昨年、本展が神奈川県立近代美術館 葉山で開催されていた際の滞在制作によって生まれた作品だ。石田は同館の海が見える展示室で、ドローイング・パフォーマンスを行った。昼は陽光が差し込み、夜は闇に包まれるという時間の流れのなかで、絵画が完成に近づいていく様子が映像化されている。本作を見れば、石田の興味が絵画の持つ時間性をどのように定着させるのか、という点にあることがよくわかるだろう。

展示風景より、《夏の海の部屋》(2025)と石田尚志

 石田はこのようなドローイング・アニメーションを、近年はインスタレーションとして展開している。その契機となった作品が、青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]での個展で発表された《弧上の光》(2019)だ。石田は雪深い真冬のACACに滞在し、絵画が生成されていく会場の風景をコマ撮りで記録し映像化。加えて、この制作過程を正面からとらえた映像も記録し、それを完成した絵画と同じサイズの白いキャンバスに等倍で投影した。本作は、制作過程の会場風景映像、キャンバス上での生成過程の再現映像、そして実際に描かれた絵画という3つの位相が同居する。絵画が描かれるときの時間を異なる視点からとらえ、それを同居させることで、絵画の持つ時間性を構造的に見せる試みといえる。

展示風景より、《弧上の光》(2019)

 そして、本展のタイトルにもなっている《絵と窓の間》(2018)は、より複雑なレイヤーの体現を試みた作品だ。アトリエにパネルを配置し、その周囲の壁や床を「ムニュムニュ」で埋めていく。その様子をコマ撮りすることでつくられた主映像は、さらに16ミリフィルムによるループ映写や、投影映像を裏側から撮影して逆回転させるといった派生を生む。それらをひとつの空間に同居させることで重厚なレイヤーを体現している。

展示風景より、《絵と窓の間》(2018)

 《透過光絵巻》(2016)は「あいちトリエンナーレ2016」で初めて発表された作品で、約18.5メートルもの長さを持つ巻物状の透明フィルムにドローイングを描いたアニメーション作品だ。本展では、地階へと降りていく階段の天井に、フィルムを透過する光による映像が投影され、さらに使用されたフィルムも照明によって透過させながら併置させられている。石田が制作において時間と同様に光も重視していることがよくわかる。

展示風景より、《透過光絵巻》(2016)

 石田の光への興味は、立体と組み合わせることで様々な展開を見せる。《青い小さな家》(2022)は、繊維板を植物を思わせる有機的な形状にし、コマ撮りをするように照明を明滅させて影とともに形状を展開させている。《庭の外》(2022)なども、コンセプトを同じくするインスタレーションといえるだろう。

展示風景より、《青い小さな家》(2022)
展示風景より、《庭の外》(2022)

 では「音」についてはどうだろう。石田は音楽を取り入れた映像作品も制作している。例えば《フーガの技法》(2001)は、J.S.バッハの《フーガの技法》の3曲を、視覚に置き換える試みだ。重層的な繰り返し構造を持つフーガの展開を線と長方形のドローイングを描き重ねることで表現。約1万枚もの原画を数年かけて描くことで映像化した労作だ。

展示風景より、《フーガの技法》(2001)

 石田が「時間」「光」「音」といった様々な視点から、ドローイング、そして絵画という行為にアプローチをしていたことがわかる。会場では石田の初期作品《部屋/形態》(1999)も展示されているので、その後の展開を念頭に本作を振り返ってみるのも興味深い。

展示風景より、《部屋/形態》(1999)

 本展では映像やインスタレーションを中心とした石田のこれまでの活動を振り返るが、同時に石田が近年力を入れる絵画についても焦点を当てている。さらに、石田の幼児期の絵画や、10代前半のブリューゲル《バベルの塔》に着想を得た作品など、初期の絵画も展示。

展示風景より、幼児期の絵画
展示風景より、《竜が棲み着いたバベルの塔》(1989)

 そして近年、石田がふたたび取り組み始めた絵画では、「ムニュムニュ」とともに長方形も巧みに組み合わされ、まるで遠近法のように奥まで続いていく立体性が見て取れる。絵画に時間を与えて動かすことを試み続けてきた石田が、再び絵画に戻るときに立ち現れた景色を、会場で吟味したい。

展示風景より、《窓-2》(2022)

 石田のこれまでの活動を振り返るとともに、そこに通底するところに絵画を見出すことができる本展。ひとりの作家が同一の課題にどれだけ多角的な視点を与えようとしてきたのか、肌で感じられる。