2026.3.27

「スープはいのち」(21_21 DESIGN SIGHT)開幕レポート。スープという「最小の食」から、生の根源を問い直す

東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで、企画展「スープはいのち」が開幕した。会期は8月9日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

展示空間を横断する大屋根
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スープという「最小の食」から、生の根源を問い直す

 東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで、企画展「スープはいのち」が開幕した。会期は8月9日まで。本展ディレクターを務めるのは、デザイナーの遠山夏未。

 「スープ」と聞いて、私たちは何を思い浮かべるだろう。世界中で親しまれるこの料理は、土地によって様々な素材が用いられるが、共通点を挙げるならば、口にすることで誰もが「ホッと一息つける」ことではないだろうか。

 遠山は、2003年にロシアや東欧を旅した際、唯一の温かな食事であった「スープ」に心身を支えられたという。さらにその旅路で、ルーマニアの農民たちがスープを口に運ぶ写真と出会い、生きることを分かち合うためのスープの存在を目の当たりにする。

遠山夏未によるコンセプトスケッチ

 以来、長年にわたりスープについて思考を巡らせてきた遠山は、それを料理としてのみならず、衣服や住まいといった「身体の外側の環境」と、食という「内側の環境」を、地続きの「身体を包む行為」として捉えるようになった。本展は、実体験から立ち上がったそのユニークな着眼点のもと、現代社会における衣食住を支える、原初的な感覚へと立ち返る試みとなっている。

 参加作家は、和泉侃、ISSEY MIYAKE、veig、岡篤郎、岡本憲昭、加藤奈摘、 佐藤政人、志鎌康平、関口涼子、高橋孝治、田中義久、津田直、常山未央+能作文徳、遠山夏未、長尾智子、NOTA&design(加藤駿介、加藤佳世子)、野村友里、林響太朗、UMA/design farm(原田祐馬、津田祐果)、山フーズ(小桧山聡子)。レシピ出展は、遠山夏未、長尾智子、野村友里、船越雅代、細川亜衣、山フーズ。テキスト出展は、有元利彦、今道友信、LTshop(松田沙織)、小池一子、早川茉莉ほか。

スープと人との関係性を見つめる

 本展は、たんにスープの完成図やレシピを紹介する展示ではない。スープという最小の食を糸口に、五感を通じて衣食住の根源に触れようとする試みとなる。そのコンセプトにもとづき、会場前半で展開されるのは、母体の鼓動に包まれるようなインスタレーション《はじまりのスープ》だ。このタイトルは、胎児を育む「羊水」を指しており、展示空間の前には、羊水の塩分濃度を示す0.9パーセントの塩が盛られている。

《はじまりのスープ》の展示風景。中央では羊水と同じ塩分濃度を再現した水に繭の糸が垂らされる。空間では母体を意識させる鼓動も低く響き渡る
塩分濃度0.9パーセントの水に含まれる塩

 同施設でもっとも広い展示空間で目を引くのは、和紙と土を混ぜ込んだ「土紙(つちがみ)」でつくられた大屋根だ。この屋根は、太古の煮炊きや食卓の原風景を象徴している。屋根の下には、スープにまつわるエピソードを巡る食卓のような展示や、高度経済成長期の公団住宅のキッチンをモチーフにした「遊ぶ」展示などが展開されている。

展示空間を横断する大屋根
高度成長期の公営団地のキッチンの再現。「料理して食べる」という行為を発見の場と捉えるような仕掛けも随所になされている

 また会場には、スープと人との関係を紐解く作品や映像インスタレーションも並ぶ。「野焼き」の器からスープが生まれる根源的な風景を表したものや、野菜からスープやテキスタイルが生成される工程を追い、「内と外から身体を包む」ことを可視化したもの、そして生命のあわいに必要とされる「重湯」のつくり方を器とともに紹介する映像作品などが展示されている。さらに、旅とともに形を変えてきたスープの在り方を、パッケージや広告の変遷とともに俯瞰する展示も興味深い。

「重湯」の映像作品
「旅とスープ」と題された、スープのパッケージや広告展示

レシピを自宅に持ち帰る

 ここまで「スープそのもの」はあまり登場していないが、会場の各所には、作品と連動したスープのレシピが記されたポストカードが設置されている。エピソードとともに綴られたこのカードを参照しながらスープをつくれば、鑑賞者が実際に自宅でスープをつくって口にする際、知覚と味覚の双方からその身を包み込んでくれるはずだ。

レシピは封筒に入れて持ち帰ることが可能

 展覧会では一般的に、大きなテーマに対して作家たちのアプローチを紹介する形式が多い。しかし本展は発想を変え、スープという極めて具体的な料理から、人間の生命や暮らし、文化的な表象、そして日々のレシピに至るまで、ミクロとマクロの視点を縦横無尽に横断している。鑑賞者の視点を遠近様々な位置に誘導しながら、思考を加速させてくれる構成だと感じた。会場で持ち帰ったレシピを自宅で実践しながら、スープがつなぐ広大な世界に思いを巡らせてみてはいかがだろうか。

本展のメインビジュアルを担当した作家・田島征三による原画。田島が描いた、食の喜びを謳う絵本『たべるぞたべるぞ』も会場に設置されている