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2025.12.9

「工芸と天気展 -石川県ゆかりの作家を中心に-」(国立工芸館)開幕レポート。工芸を通じて、地域固有の風土に触れる

金沢の国立工芸館で、移転開館5周年記念 令和6年能登半島地震復興祈念「工芸と天気展 -石川県ゆかりの作家を中心に-」展がスタートした。会期は2026年3月1日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、左から番浦省吾《双象》(1972)、番浦省吾《海どり》(1973)
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 金沢の国立工芸館で、移転開館5周年記念・令和6年能登半島地震復興祈念「工芸と天気展 -石川県ゆかりの作家を中心に-」展がスタートした。会期は2026年3月1日まで。担当学芸員は日南日和(国立工芸館 特定研究員)。

 令和6年1月1日に発生した能登半島地震から、まもなく2年が経とうとしている。この災害が人々の生活や地域文化、産業にもたらした被害は甚大であり、いまも復興の途上にある。今回の展覧会は、被災地の一日も早い再生を祈念するために企画されたものだ。「工芸と天気」の関わりをテーマに、会場では、松田権六、富本憲吉、木村雨山といった人間国宝18名を含む、石川県ゆかりの作家を中心とした多彩な作品が紹介されている。

 本展は、大きく2章構成となっている。まず「1章 天気と生きる、天気とつくる」では、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど天候の変化が激しい北陸地方の気候的特徴に着目し、「漆」「金箔」「九谷焼」「加賀友禅」といった土地ならではの工芸技法と天気との関係性を手がかりに、作品の新たな鑑賞視点を提示している。

展示風景より

 例えば「漆」のセクションでは、人間国宝・松田権六による《蒔絵鷺文飾箱》(1961)を展示。こっくりと深みのある黒漆に、卵殻で表された白鷺が浮かび上がる。白鷺の周囲には柳の葉が描かれ、その葉からは真珠の露が滴り落ちる瑞々しい意匠が魅力的な作品だ。

展示風景より、松田権六《蒔絵鷺文飾箱》(1961)

 「金箔」や「九谷焼」も、石川県の気候風土のなかで育まれてきた工芸産業のひとつであり、とくに金箔は国内生産のほとんどを金沢市が占めている。ここでは伝統工芸から現代作家の作品までを取り上げおり、その技法や表現の変遷をたどることができる。一見華やかな金箔や九谷焼も、天気が移ろいやすく日照時間も短い北陸の風土で培われてきた表現だと考えると、うなずける。

展示風景より、𠮷田美統《釉裏金彩牡丹文飾皿》(2017)
展示風景より、手前は三代德田八十吉《燿彩鉢 旋律》(1992)

 また、金沢市を中心に発展した「加賀友禅」にも、図案や作業工程に天気との深い関わりが見られる。華やかでありながら品格のある加賀友禅の魅力を、作品を通して間近に味わえるだろう。

展示風景より、手前は木村雨山《一越縮緬地花鳥文訪問着》(1934) 前期展示
展示風景より、手前は木村雨山《一越縮緬地花鳥文訪問着》(部分、1934) 前期展示
展示風景より、写真資料「浅野川の友禅流し」(1952)。余分な染料や糊を洗い流すために行われるこの友禅流しは、冷たい水ほど色がよく定着することから、真冬には「寒晒し」と呼ばれて行われていた。近年では、水質汚染や地球温暖化による紫外線量の増加などの影響により、河川で行われることはなくなっている

 続く「2章 空を見上げて/春を待つ」では、雲や雪など、日々変化する空模様に着想を得た作品を紹介する。天気はこの地域の人々にとって生活に密接な関心事であり、その意識が作品のなかでどのように表現されてきたのかを読み取ることができる。

 本展のメインビジュアルとしても用いられている番浦省吾の《双象》(1972)は、雲と水といった流動的なもののかたちをとらえた作品だ。奥能登・七尾市出身の番浦が描く能登の自然の力強さは、どこか故郷の情景を思わせるような静かな存在感があり、アルミ箔と色漆の境界はやわらかくぼかされ、作品に独特の動きを添えている。

展示風景より、左から番浦省吾《双象》(1972)、番浦省吾《海どり》(1973)

 水口咲による《乾漆箱 新雪》(2021)は、屋根などに降り積もる新雪をモチーフとした、豪雪地帯ならではの造形作品だ。水分と空気を含んだ新雪のふっくらとした質感を思わせるフォルムと、「塗り立て」技法による鮮やかな赤漆のコントラストが印象的でもある。

展示風景より、水口咲《乾漆箱 新雪》(2021)
展示風景より

 また寺井直次《金胎蒔絵水指 春》(1976)に見られるような、梅の花が咲き誇る暖かな情景を思わせる作品からは、厳しい冬を越えたのちの春の訪れを慈しむ人々の感情が伝わってくる。

展示風景より、寺井直次《金胎蒔絵水指 春》(1976)

 作品に加え、常設展示の「松田権六の仕事場」や映像資料では、松田が用いた道具や職人らの手仕事を垣間見ることができる。石川という土地で育まれてきた北陸特有の工芸文化を多角的にとらえ直す機会となるだろう。

 石川県は度重なる自然災害によって人々の生活や営みが大きく影響を受け、積み上げられてきた文化の継承も容易ではない状況にある。だからこそ本展は、地域の文化資源に改めて目を向け、工芸がいかに土地とともに在り続けてきたかを考える契機となるだろう。工芸を通じて、地域の記憶や風土に触れることは、復興へ向かう道のりを支える心の拠り所ともなり得るのではないだろうか。

展示風景より、「松田権六の仕事場」常設スペース
展示風景より、「松田権六の仕事場」常設スペース
展示風景より、映像資料と、右は橋本真之《重層運動膜(内的な水辺)》(1982-83)

 なお、国立工芸館1階では、能登半島地震と奥能登豪雨からの復興を支援するための企画として「ひと、能登、アート。」展が同時開催されている。東京国立博物館をはじめとする都内の美術館・博物館によるコレクションから文化財・工芸作品が紹介されるほか、隣接する石川県立美術館(11月15日〜12月21日)、そして21世紀美術館(12月13日〜2026年3月1日)でも、各館の特徴を活かした作品が展示されているため、ぜひあわせて足を運んでみてほしい。

展示風景より
展示風景より、「深鉢形土器」(縄文時代中期・前3000-2000)
展示風景より