• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「鴨治晃次 展|不必要な物で全体が混乱しないように」(ワタ…
2025.4.9

「鴨治晃次 展|不必要な物で全体が混乱しないように」(ワタリウム美術館)開幕レポート

ワタリウム美術館で、ポーランドを拠点に活動を続ける美術家・鴨治晃次による日本初の展覧会「鴨治晃次 展|不必要な物で全体が混乱しないように」がスタートした。会期は6月22日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、「静物」シリーズ
前へ
次へ

 東京・外苑前のワタリウム美術館で、ポーランドを拠点に活動を続ける美術家・鴨治晃次による日本初の展覧会「鴨治晃次 展|不必要な物で全体が混乱しないように」がスタートした。会期は6月22日まで。担当キュレーターはマリア・ブレヴィンスカ(ザヘンタ国立美術館 学芸員)。

 鴨治は1935年東京生まれ。1953年から58年にかけて武蔵野美術大学で麻生三郎、山口長男に師事した。伯父の梅田良忠(東欧史学者、ポーランド文学翻訳家、ワルシャワ大学日本語講師)に影響を受け、ワルシャワへ留学。59年にはポーランドへの船旅に出かけ、2ヶ月半の航海で感じた空間、水、空気の感覚はその後の鴨治の作品に大きな影響を与えた。60年にワルシャワ美術アカデミー入学すると、画家アルトゥール・ナハト=サンボルスキーのもとで学び始め、66年に修了。65年、クラクフのクシシュトフォリー・ギャラリーでレシェック・ヴァリツキとともに初めての展覧会を開催し、アカデミー卒業後の67年にはフォクサル・ギャラリーで活動を始めた。その活動はポーランドの現代美術の発展史において重要な役割を果たしており、現在もポーランドを拠点に活動を続けている。

 本展は、3月31日に90歳を迎えた鴨治晃次による66年ぶりとなる帰国展でもあり、ポーランドのザヘンタ国立美術館とアダム・ミツキェヴィチ・インスティテュート(IAM)によって企画されるもの。キュレーションを担当した同美術館のブレヴィンスカは、開催経緯について次のように述べた。「本展は、ポーランドの日本人アーティストのなかでもっとも重要な人物の展覧会だ。2018年にザヘンタ国立美術館で鴨治の展覧会を担当した際に、母国の日本でその活動があまり知られていないことを知り、試行錯誤を行った結果、本展を開催するに至った」。

鴨治晃次

 会場では、60年代から今日までに制作された約20点の絵画、9点の立体作品、80点のデッサン、3点のインスタレーションが同館2階から4階にわたって展示されている。いくつかピックアップして紹介したい。

 例えば2階には、鴨治がワルシャワへ留学して間もない60年代頃の作品が並ぶ。とくに「プルシュクフの絵画」シリーズは、当時妻と3人の子供と暮らしていた鴨治が、生計を立てるために通訳として働きながら制作していたもの。作品横にあるキャプションには、当時を振り返りながら綴られた鴨治の思いが掲載されており、そこには異国の地で奮闘する若きアーティストならではの苦悩も見受けられる。

展示風景より、手前は《虹》(1965)、奥は「プルシュクフの絵画」シリーズ。本展では作品はもちろんのこと、あわせてキャプションに掲載された鴨治によるテキストにも注目してほしい。様々な思いや葛藤を巡らせながら、それらが濾過されたような状態で作品に落とし込まれている

 また、同フロアには、フォクサル・ギャラリーで発表されてきた《通り風》(1975)といった和紙に穴を開けたシンプルなインスタレーションから、《夜の雨》(1992)、《水の底》(1992)といった絵画作品、そして複雑化していく現代美術から脱却し、根源的な表現の在り方に立ち返ろうとするデッサンシリーズも、ワタリウム美術館ならではの吹き抜け空間を生かして展示されている。

展示風景より、《通り風》(1975)
展示風景より、左から「デッサン」シリーズ(2011-17)、《夜の雨》(1992)、《水の底》(1992)

 3階には、鴨治の親友であった佐々木の自死に言及する「佐々木の月」シリーズや、1945年の広島への原爆投下にまつわるインスタレーション《ヒロシマ》(1990)、そして4階には表現を通じて「世界の本質に触れたい」という鴨治による《二つの極》(1972)や近作の「俳句」シリーズ(2023)が整然と並ぶ。地面に向かって真っ直ぐに引かれた直線や置かれた石、それらが織りなす空間。すべてが鴨治によって見定められた「正しい位置」に配されており、鴨治の表現者としての「唯一の目的」がそこにはあるという。

 《二つの極》の制作にあたって心に留められていた「不必要な物で全体が混乱しないように」という言葉は、鴨治の態度を示すものとして同展のタイトルにも使用されている。

展示風景より、《二つの極》(1972)
展示風景より、「俳句」シリーズ(2023)

 2階から4階のすべてのフロアには、様々な物体と金属板がアーチでつなげられた「静物」シリーズが点在。「物の声を伝える装置」と鴨治が呼ぶこのアプローチ方法は、まさに鴨治の制作態度を示しているかのようでもある。

展示風景より、「静物」シリーズ

 本展の開催にあたり生まれ故郷である東京に戻ってきた鴨治は、次のようにコメントした。「このたびワタリウムで個展が開催できることは自分にとって大きな喜びだ。1950年に日本を離れて以来、初めての日本での個展となる。この展覧会が日本とポーランドの交流の活性化となれば幸いだ」。

 長年ポーランドの日本人アーティストとして活躍し、日本での発表機会にあまり恵まれなかった鴨治晃次ではあるが、同展は、ポーランドの地で長年にわたって制作されてきた膨大な作品のなかから「鴨治晃次とは何者か」を示すためにセレクトされた最重要作品から作品が並んでいる。そして、その様相は各々違えど、根底に通ずる鴨治の精神性をも端的に伝えてくれている。

展示風景より

 なお、会期中には、ギャラリーツアーや対談など多数の関連イベントが実施される予定となっているため、こちらもあわせてチェックしてみてほしい。