「日常」をまとい、「色彩」を歩く。一乗ひかるが描くPLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE「BRAND NEW DAY」の世界
PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEが、イラストレーターの一乗ひかると協業して発表した「BRAND NEW DAY」シリーズ。プリーツ プリーズを着用した女性の1日の様子を描いた一乗に話を聞いた。

憧れの世界観と出会った日
──まず、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(以下、プリーツ プリーズ)に対してどのようなイメージをもっていたのか、お聞かせください。
イッセイミヤケ ブランド全体の話になりますが、三宅一生さんのデザインはもちろんですが、私は学生時代にグラフィックデザインを専攻していたので、田中一光さんや佐藤卓さんなどレジェンドのようなデザイナーの方たちと一緒につくりあげている世界観に憧れがありました。プロダクトのみではなく、ポスターや写真などトータルの世界観を知ったときに、こういう服があるんだ、こういう服の見せ方があるんだということに衝撃を受けたのです。
プリーツ プリーズに対しては、そうしたカッコよさがありながらも、日常に寄り添うというか、どんなシーンでも着心地がいい服をつくっているイメージがあります。プリーツが伸び縮みすることで体の動きや体型に寄り添ってくれて、でも、いろいろなオケージョンで使えるシルエットの綺麗さもあります。

──「一枚の布」という三宅一生さんの発想の核となる部分が根底にあり、そのうえで機能性とシルエットの美しさとの両立を実現しているのだと感じられます。
そうですね。平面から立体に起こすところに、着物や折り紙などの日本人的な発想があって、それが機能性とも結びついているように思います。そのときどきで新しいデザインは生まれますが、大きな軸となる部分が揺るぎないというか。プリーツ プリーズはそう感じさせるブランドです。
──プリーツ プリーズからは今回、どのように依頼されて協業が始まったのでしょうか。
私がいつもやっているような世界観でつくったものを見てみたいと言っていただいて、まずプレッシャーをすごく感じました(笑)。やはり、憧れてきた方々がつくりあげてきたものがあるので、そこに続くことができて嬉しい反面、すごく怖くもあって。自由にやらせていただけるとのことだったので、アクティブで勢いがあってカラフルな、というこれまでの自分の世界観を表現しようと。

──覚悟を決めたんですね。
はい(笑)。それを表現するうえで、やはりプリーツ プリーズの服は着る人に寄り添った服だと思うので、1日のどんなシーンでも寄り添ってくれる服であることを表現しようと思い、今回のテーマが決まりました。
「1日」をどう描くか
──「BRAND NEW DAY」シリーズでは、「支度」「発つ」「活動」「帰宅」「微睡」という5つの場面が5枚の絵で表現されています。どのような順序でこの5つの場面が決まったのでしょうか。
最初に真ん中の「活動」の場面のアクティブな絵を考えて、そこから前後のイメージを膨らませていきました。1日中アクティブなわけではないので、緩急をつけることを意識しながら、どう動くと出発っぽいかなとか、帰ってきた感じが出るかなとか、それぞれの場面が伝わるように描いていきました。

──それぞれの場面に窓が描かれていますね。
窓は元々モチーフとして好きで、よく使うものではあるのですが、今回は内と外ということを考えていたので、窓を象徴的に描きました。家から出発するときはもちろんですし、お店に入ったりとか、会社を出たりとか、1日のなかで人はいろいろな場所を出たり入ったりするので、そんなイメージを窓で表しました。
──色使いも1日の流れを感じさせます。日の出を連想させる黄色から始まって、帰宅の夕方の赤と最後にリラックスした静かな色で。
まさにそういうイメージで色を考えました。チャキっとした色使いで始まって、2枚目にグレーを入れたのは、晴れている日だけではないので、出かけるときに天気を気にするイメージを表現しました。普段は無彩色をあまり使わなくて、黒やグレーがベースの絵はあまり描かないのですが、やはり服なので、グレーなどがあった方が着やすいかなという考えもありました。

──パキっとした鮮やかな色とグレーの組み合わせが綺麗ですが、グレーの絶妙なトーンはどのように生み出したのでしょうか。
基本は印刷のCMYKで、黒は使わないのでCMYの3色で色をつくります。このグレーは、薄いマゼンタ、薄いイエロー、薄いシアンの3色の掛け合わせで、そこにピンクや水色で調整しながらグレーをつくったのですが、その調整が難しかったですね。濃い色はわりと簡単にイメージ通りの色が出るのですが、薄い色だと、微調整がなかなかうまくいかないんです。少しの差で黄色く転びすぎたり、紫っぽくなりすぎたりとかするので、そこを考えながら調整していきました。
──実際に5点のイラストを描き、それが服としてかたちになったのを見た時の感想を教えてください。
プリーツが施されて、絵に伸び縮みが生まれることがすごく面白いと感じました。着ることで伸び縮みするので、人それぞれの体型にフィットしますし、動きによって絵が変わるのが着る人それぞれの個性に見えてきます。そういうことは想像していなかったので、面白い結果になってよかったです。私が絵を描くだけでも、それをブランドが服にしてくれるだけでもなくて、誰かが着ることで完結するんだということを実感しました。一連のプロセスで完結するというのがすごく興味深かったですね。
着ることで完成する絵
──服のかたちによって、イラストの原画の切り取られ方が変わっていくのが面白いと感じました。モチーフの女性の部分を用いた服と、背景の格子や罫線だけを切り取った幾何学的なパターンの服もあって、スタイリングもいろいろと楽しめそうなラインナップですね。
背景の柄だけを抜き出してかたちにしてくださったり、別の絵の柄を組み合わせて着たりすることで、私が想像していなかったコーディネートになるのも服ならではだと感じました。切り取り方によって色のバランスも変わってきますし、ただ絵を描いているだけでは絶対に生まれない表現が服になることで生まれているので、すごく面白いと思います。

──イラストレーターとして仕事をする前から、服のデザインに興味はありましたか。
じつは高校生のときは服づくりに興味があって、文化服装学院に行きたかったんです。ただ、少し試してみたら、縫ったりミシンを使ったりするのが自分は苦手だと気づいて、それで美大を目指すことにしました(東京藝術大学大学院視覚伝達研究科を修了)。大学ではグラフィックデザインを専攻しましたが、シルクスクリーンをやっているときにはTシャツに刷ってみたりとか、卒業制作でもリボンにひたすらシルクスクリーンで刷ったりもしたので、服や布に対してはずっと興味をもってきました。今回はイラストをプリントしてプリーツをかけたとき、どういう風になるのか想像がつかなくてすごくワクワクしました。
──そして実際に、人が着ることで作品が完成するような、服づくりならではのプロセスを体験できたわけですね。今回、イメージがプロダクトにプリントされたものとあわせて、シルクスクリーンの作品も制作されていますが、デジタルと手作業とはどのくらいの割合で制作を行うのですか。
プロダクトに落とし込むまでは、すべてデジタルで作業をします。個展などでシルクスクリーンを発表するときは、デジタルで作業しながらシルクスクリーンで出力することも想定しますが、今回はあまりそこまで考えずに発進したので、普段より版数が多くなりました。普段は多くても4版か5版までに収まりますが、今回は7版になったものもあります。
──版数の多さは、色の出方にも影響しますよね。
基本的にデジタルでも複数のレイヤーで版を分けながら制作をするので、どこで色を分けたらいいのかというのはなんとなくわかるんですね。シルクスクリーンで実際に刷るとなると、ちょっとしたインクの濃さで色合いが結構変わってくるので、デジタルベースで絵を考えていた分、いつもより大変でした。

──シルクスクリーンの作品は、紙と顔料ならではの色のトーンとテクスチュアがありますし、服にプリントされるのとはまた異なる魅力があります。
やはり版画なので、もしピッタリ刷りたければ職人さんにお願いして刷ってもらえますが、自分で刷るときにはあえてズレを生んでみたり、その場その場で調整したりできるのが楽しいんです。
──一乗さんの表現には、シルクスクリーンのそうしたズレの操作であったり、網掛けなどのレトロな印刷を想起させる質感を用いたり、印刷を意識した要素が見られますが、何かきっかけはありますか。
「いま思い返すと」っていう話ですが、小さいころから印刷物は好きでした。よく覚えているものだと、『美少女戦士セーラームーン』とかのグッズがありますよね。ああいうものは工業製品なので、価格を抑えるために色数を制限してプリントしていて、そうすると髪の毛の色が若干違ったりするんです。そういうのが昔からすごく気になって、それがイヤとかではなく、むしろ見つけるのが面白くて。印刷ならではの色数の制限からくる色のブレがあって、昔の本とかポスターを見ると面白いなと思います。無限に色が使えるよりも、制限されたなかで表現する方が好きかもしれません。
──版画もエディションごとに色のズレやトーンの変化がありますよね。
小学生のときに、親に連れられて絵画展を見に行くこともありますが、自分で興味をもって連れて行ってもらったミュシャの展覧会をよく覚えていたりします。多分版画や印刷に関わるものに子供のころから惹かれていたんだと思います。

何気ない色の組み合わせにヒントを得て
──では最後に、一乗さんが絵を描いていて一番好きなのはどういう瞬間ですか。
絵を描いていて楽しいのは、何かアイデアが出てラフを描いて、「これ絶対カワイイ!」っていうのが生まれる瞬間が一番好きです。その瞬間に、これは絶対にみんなも良いと思ってくれるはずだと想像できるんです。あとは、完成した絵が公開されて、みんなの目に触れて感想をもらうのも好きですね。私はイラストレーターという肩書きでやっているのですが、イラストレーションってコミュニケーションツールだと思っているんです。だから、受け手がいて、受け止めてもらえるまでの過程も含めて制作だと考えています。
──ご自身のパーソナルな作品でも、クライアントワークでも、コミュニケーションツールとして機能するイラストレーションを手がけることにやりがいを感じているのですね。
私ひとりの絵にそこまでの力はないと思いつつも、絵が人の目に触れることで、人の価値観が変わっていくことはあると思っているんですね。例えば、いまでこそ、いろいろな人種の、いろいろな人が登場する広告をよく目にするようになりましたが、私が仕事を始めたばかりの2017年や18年は、そうした表現がまだそこまで多かったわけではありません。そのときから徐々に価値観が変わってきたのだと思います。私は「みんながこうでなければいけない」というような価値観はどんどん薄まっていけばいいと思っていて、そのために絵を描いているのだと思います。
