「シビック・ファッション」とは何か。建築家・藤村龍至とCCBTの伊藤隆之と島田芽生が考えたアートにこそできること

東京都歴史文化財団が運営する「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」は、2026年度のアーティスト・フェロー募集活動テーマとして、市民の自発的なムーブメント(キビタス)による「まだない何か」をかたちづくる「シビック・ファッション」を掲げた。この取り組みが現代の都市とどのように共鳴していくのか。本鼎談では、建築家の藤村龍至を迎え、CCBTの伊藤隆之と島田芽生と「キビタス」や「シビック・ファッション」をキーワードに、CCBTが紡ぐべきことを考える鼎談をお届けする。

聞き手・構成=安原真広(編集部)

CCBTの3階「BASE」にて。左から伊藤隆之、島田芽生、藤村龍至 撮影=編集部
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──今回は建築家で東京藝術大学建築科准教授の藤村龍至さんにお越しいただき、CCBTの活動が生み出す価値について考えていきたいと思います。藤村さんは著書『批判的工学主義の建築』(2014、NTT出版)の中で、「ソーシャル・アーキテクチャ(社会の構造)」としての建築のあり方やそれによる主体性の喚起について論じられています。制度の内側から市民の自発性をどう引き出し、どうコントロールするのかを実践してきた藤村さんのお話をうかがいつつ、CCBTの今後の活動を考えられればと思っています。まずはなぜ「キビタス」、そして「シビック・ファッション」という言葉を来年度の活動指針として掲げたのか、教えていただけますか。

島田芽生 CCBTは開館以来、市民の自発的な活動やプロセスの共有を主軸に置いてきましたが、原宿への移転を機に改めて「シビック(市民)」とは何かを掘り下げたいと考えました。そこでシビックの語源であるラテン語の「キビタス(Civitas)」に立ち返ったんです。これはたんなる物理的な都市ではなく、市民の参加や権利、そしてともに発生する責任によって立ち上がる「都市そのもの」を指す概念です。

伊藤隆之 いまのCCBTには、アーティストだけではなく多様な人々が「つくり手」として社会に関わり、それぞれの課題を自分事としてとらえる場になる、という目標があります。専門家だけが都市をつくるのではなく、誰もがクリエイティブになれる状態を目指しています。

島田 さらにキビタスには、守るべき中心的な文化と、その周縁との摩擦によって都市のかたちが変わっていくという側面もあります。この考えをベースに、来年度は「シビック・ファッション」という造語をテーマに据えました。原宿という土地柄を活かしつつ、市民が自発的に装い、都市の姿を形成していく実験的なムーブメントを1年にわたって展開していきたいと考えています。

CCBTの伊藤隆之 撮影=編集部
CCBTの島田芽生 撮影=編集部

ソーシャル・アーキテクチャとその実践

──おふたりがお話しされた「キビタス」、つまり市民が主体となって立ち上がる都市のあり方は、CCBTが今後活動を続けていく上での重要な指針になります。そもそも藤村さんが「ソーシャル・アーキテクチャ」という概念を提唱するに至った経緯や、当時の社会状況はどのようなものだったのでしょうか。

藤村龍至 「ソーシャル・アーキテクチャ」の考えの根底には、2000年代後半にあった空気感があります。当時はアメリカでオバマ政権が誕生したこともあり、「熟議」が社会をつくっていくという理想にみんなが夢を見ていた時期でした。建築やまちづくりの分野では、90年代末にアメリカ西海岸から「住民参加」の概念が入ってきましたが、学生だった私はまだ「建築家が一本の線を引くことで空間をつくる」という建築家像を追っていたと思います。正直、市民参加のワークショップの有効性には疑問を持っていたんです。

 ところが、あるきっかけでとある村のワークショップを手伝いに行き、衝撃を受けました。不機嫌そうに黙って座っていた地元の高齢者たちが、ファシリテーション・グラフィックによってわずか5分で熱烈に議論を始め、一気に意見が噴出した。まるで魔法を見ているようでした。これが私にとって、町のあり方についての議論が、市民の参加によって活発化していくことを実感した最初の体験です。

 その後、大学院で本格的に建築を学ぶなかで、私はふたつの思考を組み合わせる必要性を感じました。1つは、クライアントの曖昧な要望を具体的なかたちに置き換えていく建築家の「垂直思考」。もう1つは、まちづくりで培った意見を広く吸い上げる「水平思考」です。

 また、留学先のオランダで目にした光景も決定的な影響をもたらしました。オランダの建築家たちは、打ち合わせの際に膨大なリサーチを一冊の本(ブックレット)にまとめ、市民や関係者の多様な意見を一編のストーリーとして提示していました。バラバラの意見が、編集の力を通じてひとつの本というかたちで綴じられることで、強い合意形成が生まれる。このプロセスこそが、私が「ソーシャル・アーキテクト」を提唱しようとした原点にあります。

藤村龍至 撮影=編集部

──「垂直思考」「水平思考」、この2つを統合し、編集によって合意形成を導くというプロセスは、藤村さんが2012年に行なった「鶴ヶ島プロジェクト」で実践されることになりました。このプロジェクトは、埼玉県鶴ヶ島市において、人口減少を見据えて市の公有財産を3分の1まで縮小するという課題に、藤村さんが指導する学生とともに挑むというものでした。建築家に「増やす」のではなく「減らす」ための都市設計を求めるというプロジェクトを、どのように進めていったのでしょうか。

藤村 当時の建築学科は、民主党政権のもとで提示された、公共事業を仕分けする「コンクリートから人へ」という方針の影響で人気が急落し、学生たちも自分たちの専門性に自信を失っているような時期でした。

 そこで私は、教室内の架空の設定ではなく、行政というリアルなクライアントから課題をもらうことで、学生にリアリティを持たせようと考えました。行政側としても「施設を減らす」というデリケートな問題はいきなり公にはしにくいものです。そこで「学生が考えた提案」という柔らかい段階で情報を共有し、絵にすることで、段々と課題をコミュニティの表に出していけるようにしました。

  ワークショップの参加者は、最初は地域の高齢男性が中心でしたが、やり方を工夫することで徐々に多様な世代が集まるようになりました。2週間に1回、計5回のサイクルで繰り返すと、最初は無難な意見しか出なかったのが、回を追うごとに「自分が本当に欲しいものはこれだ」という本質的な意見へと磨かれていきました。行政は通常、ある程度内容を固めてから提示するものですが、それでは「なぜこうなったんだ」と論争が起きてしまいます。しかし、このプロジェクトのように、まだ発想がやわらかい段階で対話を繰り返し、意見を積み上げていくプロセスを経ることで、行政と市民の間で無理のない合意形成がなされました。こうした取り組みの結果として、「鶴ヶ島環境教育施設(eコラボつるがしま)」や、交流サロン、地域包括支援センター、そして地元住民による支え合い協議会が管理運営を担う地域の経営拠点「つるがしま中央交流センター」のように具体化したものもあります。

「鶴ヶ島プロジェクト2013」のパブリックミーティングの様子
鶴ヶ島中央交流センター Photographed by Takumi Ota(2018)

──こうした「ソーシャル・アーキテクチャ」の実践は、CCBTが目指す「市民による自発的な社会構築」を考えるうえでも重要な参考例になると思います。CCBTは「キビタス(市民の参加によって立ち上がる都市)」や「シビック・ファッション(市民の自発的な表現や実践)」をキーワードに、アートやクリエイティブのプロジェクトを実際の都市で実施していくわけですが、これは都市にどのようなインパクトを与え得ると藤村さんは考えますか。

藤村 「キビタス」や「シビック・ファッション」というキーワードには、都市戦略上の重要な可能性があると感じています。欧米、例えばオランダなどでは、都市の空白地帯を開発する際、戦略的に「アーティスト村」のような拠点を設けることがよくあります。新しい地下鉄を通す、あるいは大規模な開発を行う際、いきなり行政やディベロッパーが乗り込むと、地域コミュニティとのあいだに強い摩擦や拒絶反応が生じがちです。

 そこで、まずはアーティストがその空白地帯に入っていく。アーティストがコミュニティの中でリサーチを行い、観察し、作品を制作して公開していく過程で、街にクリエイティブな、あるいは風通しの良い空気が生まれます。つまり、政治的な対立が起こる前にアーティストが介在することで、コミュニティと開発を緩やかに繋ぐ土壌がつくられるわけです。

 日本でも、京都市立芸術大学の京都・崇仁地区への移転プロジェクトは似たような動きと言えるでしょう。被差別部落や在日コリアンコミュニティなど、歴史的に非常にデリケートな課題を抱えていた同所では、まずアートプロジェクトを通じてコミュニティとの協力関係を築き、その後に大学という拠点を中心にまちづくりをしようとしています。

 このように考えると、CCBTの「シビック・ファッション」も、たんなる文化活動に留まらず、アートによって街の課題を可視化し、人々の意識を少しずつ変えていくことで、行政や開発が直接踏み込めない場所に、新しい対話の回路を開くことができる。その可視化の力こそが、都市におけるアートの最も先進的な役割であり、戦略的な街の開き方につながるのではないでしょうか。

京都市立芸術大学

伊藤 アートやアーティストたちの「課題の可視化」という能力を具体化するというのは、非常に示唆的ですね。

藤村 ビジュアルは、言葉だけでは伝わらない街の構造や問題を浮き彫りにする、非常に強い力を持っています。東京藝術大学で教えていて常々思うのですが、学生たちは芸祭などで凄まじいエネルギーを爆発させます。あの創造的な労力の数パーセントでも街中で使えば、解決できる課題はもっとたくさんあるはずなんですよね。

 私が以前、埼玉・鳩山町のニュータウンのプロジェクトに関わった際、最初のスタッフはアーティストの方にお願いしました。彼女は修了制作で「昭和のまぼろし」をテーマに歌ったり表現したりしていたのですが、実際に街の公共施設で活動してもらうと彼女のスキルが驚くほどマッチしました。場をビジュアライズする力、多様な人をまとめ上げる力、あるいは祝祭の場で司会をしたり歌ったりしてその場を立ち上げる力。それらは既存の建築設計や行政のスキルとはまったく異なるものでした。

島田 アーティストが「空白」に入り、可視化していくという役割は、まさにCCBTの現場でも実感することが多いです。じつは数日前にも、中目黒公園でアーティスト・フェローの山内祥太さんによる大規模なインスタレーション・パフォーマンス「In Between...Us?」を行ったのですが、そこでの経験が非常に象徴的でした。山内さんの作品は、巨大なリゾーム型のオブジェを軸とし、複数名のパフォーマーが、発する声によって場の状態や関係を立ち上げるというものでした。同時に、オブジェや公園を囲む街灯による光の明滅も、その場における「対話」を支える重要な要素となっていました。公園のすぐ横には住宅街や病院があるので、目黒区から場所をお借りする際も、事前の調整では「怖がられるのではないか」などと、行政の担当者の方々とかなりギリギリの議論を戦わせました。

 ところが、3日間の全行程を終えて撤収作業をしていた時、ふと隣の団地の方を見ると、住んでいる方がスマートフォンのライトをこちらに向けて、大きく手を振ってくださっていたんです。その瞬間、理屈や意義を超えて、時と場所を同じくする他者と何かが通じ合ったという感覚が生まれましたし、見慣れない出来事に対して無関心や嫌悪でない「応答」をしてくれた瞬間を目の当たりにできてすごく嬉しかったです。

2025年度CCBTアート・インキュベーション・プログラム 山内祥太「In Between...Us?」(2026、中目黒公園、東京)

伊藤 いまの島田の話に通じますが、CCBTが東京都とプログラムを進めるなかで面白いと思うのは、アートの専門家ではない都の職員や現場担当者たちが、プロセスを通じて少しずつ「心を開いていく」ことなんです。例えば地下水路や公園といった公共空間を作品発表の場として使いたいという話が出たら、最初は警戒心から始まります。でも、アーティストと一緒に悩み、何かがかたちになる瞬間を共有すると、次からの理解が劇的に深まる。

 藤村 まさにそれこそが政治的空白を埋める力ですね。好き嫌いや敵味方という二項対立ではなく、アートという「よく分からないけれど、何か起きている」状態を介在させることで、行政の担当者もひとりの人間として、都市の新しい可能性を一緒に考えられるようになる。

 島田 アートや表現を社会実装のための役に立つものにするのではなく、意味を持つ前のよく分からないもののままで労力をかけてつくっていく。そのプロセス自体が、都市の硬直した意識をほぐしていく「シビック・ファッション」の真髄なのかもしれません。

人間の批評性が余白を見出す

──いっぽうで、2010年前後には藤村さんがおっしゃるように、多様な意見を尊重する集団知の議論が盛んでしたが、現在はAIの台頭によって、本当に人間の価値判断が最適解を導き出せるのか、という問いも顕在化しています。このような社会変化のなかで、「ソーシャル・アーキテクチャ」の概念はどのようにとらえるべきなのでしょうか。

藤村 建築史を発注と受注の観点から振り返ってみると、19世紀の建築は王様と建築家の1対1の関係(パトロネージュ・システム)としてシンプルでした。20世紀になると官僚組織が組織型の設計事務所へ発注する組織対組織の関係、へと移行し1対1の関係は貴重になってしまいましたが、21世紀のいまはデータベースに対してアルゴリズムが最適解を出してしまう時代です。人流データがあれば、橋をどこに架けるのが最も効率的か、機械が正解を出してしまいます。かつて建築家は組織に対抗していましたが、いまは機械が出す正解に対して、どう「人間としての批判性」を提示するかが問われています。

 例えば、先ほど申し上げたポリティクス(政治性)です。人間の当事者同士でしかわからない関係や、可視化されない既得権益の衝突は、人流データだけでは解決できません。行政は、最初から完璧なプロポーザルを求め、コミュニケーション能力を点数化して判断をしてしまいますが、それでは「機械的な正解」に勝てません。何回も繰り返して、お互いに「何が欲しいのか」を理解していく。その冗長とも言えるプロセスこそが、AI以降の世界で人間が「自発性」を取り戻すための、ソーシャル・アーキテクチャの核心になるはずですし、それこそがアーティストが担う役割になりそうです。

──「余白」を戦略的に残し、マネジメントしていくというお話を聞くと、まさにここCCBTも、巨大な再開発が進む東京という都市の中で、そうしたオルタナティブな場所を提供し続けるという役割を担うことになるのでしょうね。

藤村 そうでしょうね。CCBTの活動のなかでは、何か特定のエリア戦略のようなものはあるんですか? 例えば中目黒や原宿といった場所に、戦略的に介入していくような。

伊藤 明確にエリアを限定しているわけではありませんが、場所による特性の違いは強く感じます。以前、渋谷の公園通りにあったときと、いまの原宿の竹下通りの裏手にあるときとでは、環境がまったく違います。これだけ観光客で溢れる竹下通りのすぐ裏に、観光とはまた別の位相でこうした場所があるのは、意味があると考えています。原宿の街は、表参道と竹下通りというふたつの象徴的な通りの間に、意外なほどガランとした「裏側」の構造があるんですよね。ここに来て初めて、その「隙間」のおもしろさを認識しました。

藤村 市場の原理に任せるのではなく、ポリティクス(政治)として戦略的に「空白」を使いこなす場所として価値を高められるといいですよね。CCBTのような拠点がアーティストが抱える自発性の種を都市空間にインストールする装置として機能していく。

伊藤 制度の内側からそうした「自発性の物語」をつくっていくことは、簡単ではありませんが、都市の硬直を解く鍵になると感じました。

藤村 市民が自分の意見を出す「練習」を積み重ねることが、都市の装い、つまり「シビック・ファッション」につながるように思います。その物語をつくるアーティストの存在が、東京という都市が人間らしい豊かさを持った「キビタス」へと進化していく助けになると思います。