アートと気候危機のいま vol.9 地球のいまを映す「泥」の物語──リッケ・ルター、気候危機を“翻訳”する
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]設立メンバーのひとりであり、AITのグリーン・チーム リーダーでもあるロジャー・マクドナルドによる、気候危機とアートについて「いま」をわかりやすく紹介する連載。第9回は、デンマークのアーティスト、リッケ・ルターにインタビューから気候危機の時代におけるアーティストの実践をお届けする。*The English version is below the Japanese.
聞き手・文=ロジャー・マクドナルド インタビュー構成=木下悠 写真=リッケ・ルター

映画『Here's... Mud In Your Eye』(2026)より
「泥」を追いかけはじめたリッケ・ルター

「泥は、いまの地球そのもの」──リッケ・ルターはそう語る。かつて安定していたはずの風景は、いまや押し寄せる泥とともに崩れ去る。自然破壊を目の当たりにした南米を起点に、日本、グリーンランドへと旅をしてきた彼女は、科学者とともに環境の変化を観察し、物語として再構成するというユニークなアプローチをとる。そのプロセスは、たんなる記録でも告発でもなく、未来に向けた静かな問いかけとなっている。アーティストが「地球の変容」と向き合う方法について、インタビューで話を聞いた。
リッケ・ルターと私が初めてやり取りをしたのは、2004年、リッケが茨城県守谷市のARCUS(県が主催する芸術文化事業)でアーティスト・イン・レジデンスに参加していたときのことだった。そこでダンボール製ドームを制作したリッケは、完成後に作品を代官山のAITルームに移し、数ヶ月間ミーティングやイベントの場として使っていた。

その少し前までリッケが所属していたのが、デンマーク・コペンハーゲンを拠点とするアート・コレクティブ「N55」である。N55は、「モノを所有するのではなく、共有することが社会をよくする」という理念のもと、作品の材料の入手方法や設計図をマニュアルとして公開し、誰でも自由にコピーして再現できるようにしたことで知られる。1996年に創設されて以来、私はN55のマニュアルにとても興味を持っていた。
2004年当時、N55を離れてリッケが新しく立ち上げたプラットフォーム「Learning Site」にも、N55の「オープンで協働的な姿勢」は確かに受け継がれていた。アーティストだけでなく、社会学者や都市計画家、弁護士など、異なる分野の人々が様々なアートを通して課題について探るのだという。
2006年に私が「第1回シンガポール・ビエンナーレ」で共同キュレーターを務めた際には、リッケをシンガポールに招き、公営住宅の共用スペースに「動くキノコ農場」をつくるというプロジェクトをともに実現させた。
そしてここ10年ほどのリッケの関心は、地球システムや環境破壊、気候危機に強く向かっている。このインタビューでも言及されるが、リッケはポストドクター研究者として世界各地の第一線の気候・地球科学者とともに多くの時間を過ごし、そこから生まれる物語をもとに映画やアート作品をつくり続けている。
今回の対話では、不安定な時代を映すメタファーとしての「泥」がどんな意味を持つのか、アーティストは科学者からどのように学び、ストーリーテラーとして地球的な危機にどう関わっていけるのかについて話し合った。
気候危機と地球システムへのまなざし
──あなたはこの10年近く、人間が引き起こす環境破壊や気候危機、あるいは地球システムそのものに強く関心を向けて活動してきています。近年はとくにどんなことに注目していますか。
ルター 私は長年、風景や都市計画、土地所有、水資源へのアクセスといったテーマを扱ってきました。それらがやがて、土地を所有物ではなく変化する地形として捉える「風景の変容」という現在のテーマにつながっていきました。
ターニングポイントになったのが、2015年にブラジル・サンパウロ南部を訪れた際、ブラジル史上最大規模の災害が発生したことです(*1)。決壊した廃水用ダムから流れ出た有害な泥が、川を通じて大量に海に流れ込むのを見て、私の思考にある大きな変化が生まれました。以降、私は「グローバル・コモンズ」(*2)を扱った作品を制作するようになり、なかでも公海(*3)に着目して、「泥」を追いかけ始めたんです。


──ブラジルでのダム決壊は、まさに人的災害というほかないですね。
ルター この災害について調べていく過程で閉鎖区域に入ろうとして、ブラジルでいかにおかしなことが起きているかに気がつきました。入域許可を得ていたのに、後になって許可を取り消されてしまった。そのときは、弁護士が交渉してどうにか中に入ることができたんですが、結局、2019年にも別の場所でまた同じような災害が起きてしまったんです(*4)。
その後、2019年に日本で撮影することになって、ちょうどそのとき、非常に勢力の強い台風が上陸しました(*5)。東京の街は真っ暗で、どこにも出かけられず、テレビをつけると被災地の人たちが泥をかき出している映像ばかり。当時私たちは泥の撮影で軍艦島に行く予定だったんですが、上陸地点が壊れてしまって、撮影計画をすべて変更せざるを得ませんでした。


──あのときは本当にひどかった。河川の氾濫や土砂災害などで何人も亡くなったんですよ。
ルター それは本当にお気の毒です。「風景」をコンクリートで固めてしまうと、泥や水が行き場を失ってしまうということなんです。
*1──資源世界大手ヴァーレ社の出資企業が運営する鉱山廃水用ダムが構造欠陥や管理不備により決壊、村を壊滅させ死者19人を出し、深刻な環境汚染を引き起こした。
*2──公海、南極圏、大気圏、宇宙空間などの人類の生存に不可欠な非国家領域。
*3──どの国の主権にも属さず、すべての国の自由な利用に開かれた海域のこと。
*4──ヴァーレ社の安全管理不足などによって、2019年1月25日に鉱山用ダムが崩壊、270人以上の死者・行方不明者と劣悪な環境汚染を引き起こした。
*5──記録的大雨により広い範囲で河川の氾濫が相次いだほか、⼟砂災害や浸⽔被害が発⽣した2019年10月の台風19号。
アーティストでありながら、気候科学者の研究チームに参画
──災害をきっかけに泥に着目して以降、どのように活動を展開させていきましたか?
ルター 私はさらに、「泥が海へと流れ込むこと」に取り憑かれるようになりました。きっかけは、コロナ禍にグリーンランドへ向かったときのことです。音声記録を担当する予定だった娘が新型コロナウイルスに感染したために出発が1ヶ月遅れ、結果、冬が訪れて泥が凍ってしまい、私たちは氷に閉ざされ船の中に取り残されてしまいました。
軍が来て氷を割ってくれるのを待つあいだ、カナダ沿岸に漁に向かう機械技師と話す機会があったんです。彼は、新しい堆積物によって氷山に新しい色が見られるようになったことや、氷の中に新しい生物が入り込んでいることなどを語ってくれました。また、別の羊の管理会社の女性と話した際には、「人々がこれまでになかった病気にかかるようになった」と心配していました。食べ物や水に堆積物が入り込んでいるからだ、と。そうして2人の話を聞いていくうちに、私は堆積物、つまり「泥」について考えるようになりました。

──海洋の「堆積物」に焦点を絞っていったのですね。かなり専門的な知見が必要そうです。
ルター ええ。なので私は、非常に著名な生物海洋学者で、地球システム科学の専門家であるキャサリン・リチャードソン(Katherine Richardson)にコンタクトを取りました。この分野を定着させようと30年間尽力してきた人物で、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」(*6)の筆頭著者でもあります。
私はキャサリンに泥のことを話して、「何が起きているのか教えてほしい」と相談しました。ちょうどそのとき、彼女は地質学者と一緒にグリーンランドのあるケースに関して大きな研究助成を申請するところだったそうです。そこで私が「私の研究要旨もプロジェクトの一部として認めてくれませんか?」とお願いしたら、キャサリンは私がアーティストであることを面白がってか、快く受け入れてくれたんです。結果私は、アイスランド大学に拠点があるキャサリンの研究所「Research for Climate, Ocean and Sociology(気候・海洋・社会学の研究)」のメンバーとして迎えられました。
──それはアーティスト・イン・レジデンスのようなかたちでですか?
ルター いえ、「ポスドク(博士研究員)」という立場でした。でも実際のところはアーティスト・イン・レジデンスに近いですね。
──その研究所では、アーティストも受け入れているんですね。あなたは研究者ですが、いわゆる科学者というわけではないですよね?
ルター ええ、私は研究所でも少し変わった存在ではあると思います。でもこのプロジェクトには、作家や考古学者、humanure (*7)の研究者なども関わっているんですよ。

*6──人類が地球上で生存していくために守るべき、気候変動や生物多様性、海洋の酸性化などの9項目の限界値。2023年には、6項目が限界を超え、さらに2項目が限界に近づいていることが発表された。
*7──人間の排泄物を「再生可能な肥料」として扱う思想と実践。
科学とアートを横断するリサーチの方法
──そうすると、あなたのリサーチというのは、そうした研究環境に身を置き、科学者たちと対話し、データを読み込んで、それを自分なりの枠組みで解釈し、作品に反映していく、ということになるのでしょうか?
ルター そうですね。だから博士号を取っておいて本当に良かったと思っています。あの過程で、こうした複雑な思考を理解するための道具を手に入れることができました。
とはいえ、非常に難しいチャレンジであることは確かです。キャサリンのようなトップ科学者のもとにいるとなおさら。キャサリンたちはとても寛容で、サポートもしてくれる。ですが同時に、求められるレベルもとても高いんです。数ヶ月経ってようやく「ああ、いまやっとついていけるようになったかも」と思えるようになったぐらいで。
──研究所での学びを、どのように作品へ発展させていったのでしょうか?
ルター あるとき、カリーナ・K・サンド(Karina Krarup Sand)という研究者と出会ったんです。カリーナは、エスケ・ウィラースレフ(Eske Willerslev)という有名な地質遺伝学者のチームの一員で、「環境DNA(eDNA)」(*8)に16年間取り組んできました。原子間力顕微鏡を使い、堆積物に含まれる非常に古いDNAの断片を画像化する。そして、どんな堆積物がDNAを保持しているか、どう切り離せば読み取れるかを研究しているんです。エスケたちはこの革新的な手法で、「深い時間」、つまり太古の生態系まで遡って読み取れるようになったんです。
カリーナと話していて話題になったのは、地滑りや洪水、浸食、海底、海面近くの水域のことでした。つまり、「泥」そのものが出てきたんですね。私が泥に強く興味を持っていることを伝えるとカリーナはとても喜んで、関連する論文を4本送ってくれたんです。論文は本当に難しかったけど、ちゃんと読みました。カリーナにもそう言ったら、「本当に読んだのね」と驚かれました。
そこからいろいろと話をして、ようやく「この2行は作品のスクリプトに使えるかも」と思えるような内容が見つかりました。あるいはもしかしたら、10行くらいは使えるかもしれない……と。それが私のやり方なんです。現場に入り込んで、理解できる範囲で情報を抽出し、それを自分の語りとして再構成する。

Courtesy of the artist
──なるほど。するとあなたの役割はある意味、複雑な科学的内容を人に伝えるサイエンス・コミュニケーターのようなものですか?
ルター いえ、それは違います。私はそのための専門的なバックグラウンドを持ちあわせてはいないので。私のやり方は、例えるなら黄色と青色を混ぜてオレンジ色をつくろうとするようなものです。キャサリンの研究とカリーナの研究を混ぜると、やっぱりオレンジ色ができる。そこから物語をつくることができるんです。私はそれを「ノンフィクションの物語」と定義しています。なかにはフィクションの要素も含まれていますが。
私たち人間がこの変化の真っ只中にいるいま、それをどう理解すればいいのか。とくに私は子供を持つ身として、それをどう語ればいいのか、必死で考えたいんです。「この世界とどう向き合えばいいの?」「どう生きていけばいいの?」。そういう問いに少しでも答えられるように。戦争についてもそうです。もちろん生活すべてにおいてではありませんが、つねに意識はしています。気候危機についても同じで、その「構成要素」を理解しようとしている。そしてそこから物語を組み立てていくのです。

──組み立てた物語は、その後どのように映像化していくのでしょうか?
ルター まず、映像素材を撮りためておいて、そのなかから必要な映像を選び、編集します。その後、ノートを見返しながら粗いスクリプトを書き、すべてが揃った段階で、パートナーであるジェイミー・ステイプルトンに渡します。ジェイミーが文章を洗練させてくれるので。
いうなれば、私がやっているのは科学的な内容を新しい物語へと「翻訳」していくプロセスなんですね。例えばいま、研究所のメンバーたちは『Nature』誌に論文を投稿していますが、その執筆にはもちろん私は関わることはできません。必要な科学的基礎を持っていないからです。でもいっぽうで、私はこの話を「別の言語」で語ることができる。その意味で、「翻訳」するプロセスに参加していると思っています。『Nature』には載らないかもしれないけど、『美術手帖』には載るかもしれませんしね(笑)。

*8──堆積物中の断片化したDNAを読み取ることで、過去の生態系を復元するアプローチ。
気づけば世界中が泥に覆われる時代に
──これだけ多くの時間を気候科学者たちと過ごすなかで、彼らと最新の気候科学についていろいろ話されたと思います。実際のところ、気候科学者たちはどれくらい現状を深刻に受け止めているのでしょうか? 最近では、気候科学者のうつ病率が世界的に高まっているとも聞きます。
ルター じつは、そのことについて直接話す機会はあまりないんです。でも、みんなそのことを「知っている」。背景としてつねに存在している。気候科学者たちは……とても心配しています。本当に、非常に深刻に受け止めています。彼らはとても強い人たちで、何が起きているのかを理解しようとし、問いを立て続けているけれど、現実は……かなり厳しいです。とりわけ、「生物多様性の危機」は非常に深刻です。なぜなら、それは一度失われたら二度と元には戻らないから。
先日、「AMOC(Atlantic Meridional Overturning Circulation)」(*9)の研究をしている数理統計学者の講義を聞きました。彼女によれば、AMOCの循環は弱まっており、いずれ止まってしまう可能性があるそうです。「ティッピング・ポイント(転換点)」に達したとき、そこから先はどうなるかはもう分からない、とも。もしかしたら、私たち人間はもうこの地球上にいないかもしれません。ネズミたちが巨大化して、大きなタンポポや巨大な昆虫たちが現れるかもしれない。まるで『風の谷のナウシカ』の世界みたいに。
科学者たちは過去に遡って研究していますが、それは新しい「生命の理解」を求めているからなんです。彼らが言うには、「私たちはまだ、理解の始まりに立ったばかり」なんだと。現状をたんなる「災害」として扱うだけではなんの役にも立たないと考えているんです。
──人類にとって過酷な未来が予測されるなか、どうにか前を向いて建設的になろうとしているんですね。あなたの映画では、何千年ものあいだ安定していた地球が、撹乱と流動性の時代に突入したことを描いており、「泥」はまさに地球の現状を象徴する優れたメタファーだと感じました。
ルター ええ、「泥」こそがまさに転換期を象徴する完璧な素材だと思っています。いま私たちが置かれている状況そのものなんです。
私が泥に取り憑かれはじめた2015年当時は、これほどまでに状況が深刻になるとは思っていませんでした。まさかその後、アイスランドやグリーンランド、ノルウェーで深刻な地滑りや泥流が発生するとは予想だにしなかった。ましてや、2021年に泥流によってドイツやベルギーの人々が亡くなるなんて……(*10)。

──日本でも毎年のように大雨や土砂災害が続いていて、本当にひどいありさまです。
ルター いまのデンマークの状況も似ています。例えば、かつての自然の風景なんてもう2パーセントくらいしか残っていない。日本もそうでしょうけれど、私たちの国もそうです。かつての湿地や沼はほとんど失われ、コンクリートに覆われてしまった。私たちは、自分たちの政治をもう一度見直さないといけない時期にきている。考え方そのものを変えて、風景を見直し、再設計しなければなりません。
はじめ私は、ただ「泥」を見つめていただけでした。でも、気づけば世界中が泥に覆われていた。作品が完成する前に、現実のほうが先に動き出していたんです。
*9──南半球や熱帯付近の温かい水が北大西洋の寒冷な海域へ北上し、北大西洋の冷たい水が海底に落ち込み南下していく海水循環。気候を安定させる重要な役割を担っている。
*10──2021年7月14・15日に大洪水がドイツ西部とベルギーを襲った。
一次情報に直接触れるほうがずっとわかりやすい
──あなたはN55の頃からすでに取り組んでいたとは思うのですが、アーティストとして「より環境に負荷をかけない、搾取的でない制作方法」に変えてきた部分はありますか? 例えば10年前と比べて、なにか変えた点などがあれば教えてください。
ルター ええ。たしかに変化はあったと思います。90年代にあるキュレーターから「あなたたちはエコロジーに取り組んでいるの?」と聞かれたとき、私は「それってどういう意味?」と答えていたぐらいなので。エコロジーを意識してやっていたわけではなく、行動が先だったんですね。昔はグローバリゼーションの真っ只中で、私は世界中を飛び回っていて、飛行機に乗ることの問題すらあまり気にしていませんでした。
──その時代の空気もありますよね。90年代のアート界は、ある意味とても自由で開かれていた。
ルター ええ。でもいまは、物語のつくり方そのものが変わってきていると思います。例えば私たちの「Learning Site」では、リサイクルを前提としたプロジェクトを始めました。作品は「アーカイブに保存されるべきもの」ではなく、「堆肥にできるもの」と捉え直しています。
──シンガポールでのキノコのプロジェクトも、循環型の思考が中心にありましたよね。すべてがオープンソースで、マニュアルのように自由に使えるようになっていた。作品をどうつくり、どう展示し、どう公開するかということについて、そうした考え方がほかのアーティストにも広まるといいですよね。
ルター そう願っています。もちろん、すべてのアーティストがそうなるとは限らないですけどね。でも、たしかに意識は高まっていると思います。みんなそれぞれ違ったかたちで取り組んでいる。なかには、私よりも徹底してやっている人もいますよ。
──最後に、あなたが日々アクセスしているメディアや情報源について教えてください。最新の気候科学などについて、どのように情報収集をしていますか? 研究者の友人から直接聞いているのか、それとも特定のサイトやニュースソースを見ているのか。
ルター 新聞も読みますが、何より一番いいのは「大学に行って講義を聴くこと」ですね。
──それは一次情報そのものですね。
ルター そうなんです。例えば私がAMOCの状態を理解しようとしたとき、新聞の気候欄を読んでもあまりピンときませんでした。なにかが違う感じがしていた。でも、実際に数理統計学者の講義を聴いたら「ああ、これだ!」と思えたんです。講義中に彼女が語った言葉をそのままスクリプトに書き写すだけで、完璧な内容になったくらい。とても直接的で、理解しやすかった。あいだに何人も「媒介者」が入るより、一次情報に直接触れるほうがずっとわかりやすいんですよね。それが研究機関に所属している特権だと思います。完全には理解できないことも多いけど、それでもなにかを受け取り、作品につなげることができる。
──ありがとう。本当に素晴らしいお話でした。
ルター こちらこそ、素晴らしい時間でした。ありがとうございました。

Rikke Luther Begins to Follow “Mud”
“Mud is the Earth itself right now,” says Rikke Luther. Landscapes that once seemed stable are now collapsing beneath advancing mud. Starting from South America, she has travelled through Japan and Greenland, observing environmental change together with scientists and reconstructing what she finds into narratives. This process is neither mere documentation nor accusation—it is a quiet, persistent question directed toward the future. We spoke with her about how an artist can confront the Earth’s transformation.
I first met Rikke in 2004, when she was in residence at ARCUS in Ibaraki Prefecture. She created a cardboard dome there, which after completion was moved to the AIT Room in Daikanyama and used for several months as a site for meetings and events.
At that time, Rikke had just left the Copenhagen-based art collective N55, which is known for its philosophy that sharing, rather than owning, makes society better. N55 published manuals—designs and instructions for their works so that anyone could freely copy and reproduce them. Since its founding in 1996, I have followed N55’s manuals with great interest.
Rikke’s new platform, Learning Site, launched after she left N55, inherited this open, collaborative ethos. It brought together not only artists but also sociologists, urban planners, lawyers, and others to explore social issues through art.
When I co-curated the First Singapore Biennale in 2006, I invited Rikke to create a project there: a “mobile mushroom farm” installed in the common spaces of public housing.
Over the past decade, however, her focus has increasingly shifted toward Earth systems, environmental destruction, and the climate crisis. As she discusses below, she now spends extensive time with leading climate and Earth scientists as a postdoctoral researcher, transforming their findings into films and artworks.
In this conversation, we discuss what “mud” means as a metaphor for our unstable age, how artists can learn from scientists, and how storytelling can engage planetary crises.
Perspectives on the Climate Crisis and Earth Systems
Roger McDonald (RM): Over the past decade, your work has strongly focused on human-driven environmental destruction, climate crisis, and Earth systems. What are you particularly focused on now?
Rikke Luther (RL): I have long worked with themes such as landscapes, urban planning, land ownership, and access to water. These gradually led me to what I now call “landscape transformation”—seeing land not as property but as a shifting terrain.
The turning point was in 2015, when I visited southern São Paulo, Brazil, during the country’s largest environmental disaster. Toxic mud from a collapsed mining wastewater dam flowed down rivers into the sea. Seeing that changed my thinking. I’ve been working on global commons, especially the high seas, and that’s when I started following mud.
RM: That dam collapse was truly a human-made disaster.
RL: Yes. When I tried to enter the restricted area, I realized just how absurd things were in Brazil. Even though I had permission, it was later revoked. A lawyer had to intervene so I could enter. And then, in 2019, another similar disaster happened. That same year I was filming in Japan, when a powerful typhoon hit. Tokyo went dark, and all you could see on TV were people shoveling mud. We were supposed to go to Gunkanjima to film mud, but the landing area had been destroyed, so everything had to change.
When landscapes are sealed with concrete, mud and water have nowhere to go.
Becoming Part of Climate Science
RM: After focusing on mud, how did your work develop?
RL: I became obsessed with how mud flows into the ocean. During COVID I went to Greenland, but our departure was delayed, winter came, and the mud froze. We were stuck in ice. While waiting for the military to break it, I spoke with an engineer and a sheepfarmer. They told me about new sediments, new organisms, and new diseases. That’s when I started thinking seriously about sediment, MUD.
RM: That sounds highly technical.
RL: Yes. So I contacted Katherine Richardson, a leading biological oceanographer and Earth system scientist, an architect of the Planetary Boundaries framework, has expanded our understanding of Earth System science, prompting further inquiries from the lead author of the Planetary Boundaries framework. I asked her what was happening with mud. She was applying for a major grant with geologists, and I asked if my artistic research could be included. She liked the idea, and I became part of her institute Research Centre on Ocean, Climate, and Society (www.rocs.ku.dk) at Copenhagen University and the University of Iceland as a postdoc.
RM: So you are an artist inside a scientific research institute.
RL: Exactly. There are also archaeologists, writers, and even humanure researchers. My work involves being inside this environment, talking to scientists, reading data, and re-interpreting it through my own narrative lens. That’s why I’m glad I did a PhD—it gave me the tools to handle complex thinking.
RM: How do you turn this research into artworks?
RL: I met Karina Krarup Sand, who works with environmental DNA (eDNA)—extracting ancient DNA from sediment. Through sediment, scientists can reconstruct deep ecological time. Mud came back again.
She gave me four scientific papers. They were very difficult, but I read them. Out of maybe ten pages, I might find two lines I can use in a script. That’s my method: enter the field, understand what I can, and recompose it into my own language.
RM: Are you a kind of science communicator?
RL: No. I don’t have that training. I mix different colors—Katherine’s work and Karina’s work—and from that an orange emerges. That’s my non-fiction storytelling.
As a mother, I need to understand what is happening and how to talk about it to my child. Climate crisis, war—these are part of our lives. I try to understand their components and build stories from them.
RM: How do these stories become films?
RL: I film, select images, write a rough script, and then my partner Jamie Stapleton refines the text. I translate scientific material into another language—one that won’t appear in Nature, but might appear in Bijutsu Techo.
A World Covered in Mud
RM: How seriously do climate scientists see the situation?
RL: They are very worried. Especially about biodiversity loss—because it is irreversible.
Recently I heard a lecture on AMOC, the Atlantic circulation system. It is weakening and may collapse, if it has not already collapsed. When a tipping point is reached, no one knows what happens. Maybe humans won’t survive—but rats and giant insects might.
Scientists study the past to understand new forms of life. They say we are only at the beginning of understanding.
Mud is the perfect metaphor for this transition. When I began in 2015, I never imagined landslides and mudflows would soon hit Iceland, Greenland, Norway, Germany, Belgium on a daily basis…
We must rethink our politics, our landscapes, our concrete worlds.
The Value of Primary Information
RM: Have you changed your production methods to be less extractive?
RL: Yes. In the 1990s I flew constantly. Then in Learning Site we were thinking of artworks not as archives, but as compost. At Learning Site we use recycling-based production.
RM: There was also something about the atmosphere of that time. The art world of the 1990s was, in a way, very free and open.
RL: Yes. But I think the way we construct narratives has changed since then. For example, in our project Learning Site, we began working on initiatives premised on recycling. We’ve redefined artworks not as things that should be preserved in archives, but as things that can be composted.
RM: Your mushroom project in Singapore was also centered around this idea of circular thinking. Everything was open-source, and accessible like a manual. It would be great if such approaches—how to create, exhibit, and share works—spread among more artists.
RL: I hope so. Of course, not every artist will go in that direction. But I do think awareness is growing. Everyone is engaging in their own way. Some people are even more thorough in their practices than I am.
RM: Finally, could you share the kinds of media and sources you access regularly? How do you stay up to date with the latest in climate science? Do you get information directly from researchers, or are there specific sites or news sources you rely on?
RL: I read newspapers, but above all, the best way is to “go to university and listen to lectures.”
RM: That’s a form of primary information.
RL: Exactly. For instance, when I tried to understand the current state of the AMOC, the climate section of the newspaper didn’t quite resonate. Something felt off. But when I actually attended a lecture by a mathematical statistician, I thought, “This is it!” Just transcribing what she said during the lecture made for a perfect script. It was so direct and easy to understand. It's much clearer to engage with primary sources than to go through several layers of mediation. I think that’s one of the privileges of being affiliated with a research institution. I don’t always fully understand everything, but even so, I’m able to receive something from it—and that becomes part of the work.
RL: Thank you. It was a wonderful conversation.














